訂正・「茶の湯」の新機軸 ― 2007/06/10 07:50
6月8日の金曜日は、閑居小人にとって珍しく忙しい日になった。 1時30 分から三田の図書館旧館大会議室で「高橋誠一郎歿後25年記念講演会」があ り、終了予定の4時半を大きく上回って、5時過ぎまでになった。 6時半か らは九段会館で、「いのちの電話」チャリティの「柳家小三治独演会」の予定が あった。 都営三田線で三田から大手町まで行き、東西線で九段下へ行った。 九段下駅の4番出口を出ると、目の前に「蕃書調所跡」の看板があった。 九 段会館の敷地につながる場所だ。 福沢さんは、ここへ通っていたんだ、と思 った。
講演会については、別に縷々書くとして、取り急ぎ小三治の噺でわかった訂 正事項から書いて、まず謝まらなければならない。 それは4日「鯉昇「茶の 湯」の新機軸」に書いた新機軸の一つが、新機軸ではなかったことである。 前 座の三之助につづいて、小三治が「蔵前」についてのマクラをふり始めた。 も しかしたらと思っていると、案の定、先日鯉昇で聴いたばかりの「茶の湯」だ った。 それで、蔵前の大店の旦那の根岸の里の隠居所に、店賃の上がってく る孫店(まごだな)の貸家三軒のあるのは、何も鯉昇の新機軸でないことが判 明したのだ。 小三治の「茶の湯」を聴くと、鯉昇のそれは細部まで実に忠実 にオーソドックスに語っていた。 意外であった。 三平さんで言おう、「どー も、すみません」。
毎度落語についてゴタクをならべているが、その程度の知識なのだ。 茶の 湯を知らないことを恥として、引越しようとする豆腐屋や仕事師の頭や手習い の師匠は、けしてブログはやらないだろう。 そのつもりで今後、<小人閑居 日記>は眉につばをつけて、読んでいただきたい。
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