秋田實の漫才台本と、エンタツの実演2026/03/04 07:14

秋田は「嬉しい頃」という漫才台本を「週刊朝日」の特別号にエンタツの名前で書いた。 それを二人で「ああでもないこうでもないと検討し、はじめてネタ下ししてからも、しばらくは検討に検討を重ねた。」 その出だしは、原稿ではこうなっていた。

――君、バカに嬉しそうな顔、してるな。
――ちょっと嬉しいことがあったんや。
――何が、そんなに嬉しいのや?
――実は僕、もろうたんや。
――え、そうか、ちっとも知らなんだ、そうかァ、もろうたんか。
――そうや、到頭、もろうた。
――で、改まるようですが、一体、何を君もろうたんです?
――エッ、男がもろうたと言うたら、大抵きまってるやないか。
――君のことやから、わるいものはもろうとらんと思うのやが、ものは何です?
――しっかりしてくれ、嫁はんをもろうたんや。
――嫁はんを?!
――そうや、嫁はんをもろうたんや。
――誰の嫁はんを?
――人の嫁はんをもろうて、どないするねん。娘さんやがな。
――娘を?
――そうや。
――酋長の娘?

これを、エンタツは舞台で工夫して、まず次のように変えた。
――家賃を負けて貰うたんですか?
――家賃位で、こんな嬉しい顔が出来るか。

 また「もろうた」から、次のようにエンタツは変えた。
――男がもろうたといえばきまってるやないか。僕が何もろうたか、分からんのか?
――かまぼこですか?
――かまぼこ、もろうた位で、大の男がこない喜ぶか。

――顔の美しさやなんて、すぐに色褪せてしまう。絶対に顔に惚れたらあかん。
――惚れるなら、背中や。
――何で、背中に惚れるねん?
――やいとの跡が美しい!

秋田の台本(文字)を実際に客の前に立ちあがらせていくエンタツの言葉には、「家賃」や「かまぼこ」や「やいとの跡」など、日常生活の現実感が付加されていた。 秋田の台本が出来上る度に、エンタツは子供のように卒直に感激したので、秋田はエンタツを喜ばせるために、夢中になって新しい台本を書いた。 それをエンタツが舞台でどのように消化するか、それが一番の楽しみだったという。 「よく勉強の出来る友達同士」のように、互いに負けまいと頑張り、互いに尊敬し合っていた。 互いに、互いの無いものを持っていたのである。 ここに、秋田とエンタツが出会った幸運、いや幸福がある。

富岡多恵子さんは、秋田がエンタツから受けた感動は、一種の自己批判を秋田にもたらしたのではないか、と指摘する。 つまり、エンタツにある観客という大衆に触れている実感を、秋田がつかみえていないということ、それはたんに、漫才という芸能の技術の問題をこえて、もっと広い、ひとびとの生活の実感に無智であるとの感覚だったのではないか。 秋田が、漫才作者になったのはエンタツとの出会いによるのだと、のちにくり返すのは、この認識の確認、またその表明ではなかったのか、と。