上野浅草フィル「夏の第九」の人間力 ― 2026/07/21 07:29
7月9日10日「四万六千日お暑い盛りでございます」の鬼灯市が終ったばかりの12日、浅草雷門にほど近い浅草公会堂で、上野浅草フィルハーモニー管弦楽団の第80回の定期演奏会があって、出掛けた。 高校同級生だから、最高齢かと思われるチェロ弾きの赤松晋さんの毎度のご案内で、その元気のおすそ分けを頂戴する、楽しい機会なのだ。 およそ、クラシックには縁がなく、わずかにテレビ朝日土曜日の『題名のない音楽会』を見ているだけだ。
指揮は、この定演でおなじみの河地良智(よしのり)さん。 ベートーヴェン「序曲レオノーレ第3番」の後、今回の呼び物は「夏の第九」で、そのせいかいつもより早く満員になったようだった。 ベートーヴェン「交響曲第9番」(合唱付き)、実は恥ずかしながら、私はこの年末の風物詩の国民的行事を聴いたことがなかった。 前面に独唱の4人、バリトン・河野克典、テノール・宮里直樹、ソプラノ・鷲尾麻衣、メゾソプラノ・加納悦子が着席する。 合唱は、台東区合唱連盟、東芝フィルハーモニー合唱団、元フィルハーモニックコーラスの有志を中心に、ソプラノ、アルト、テノール、バス、総勢約80名の面々が揃った。
ずっと座っていた独唱の4人の内、バリトンの河野克典が、すっくと立って、思いのほか大きな声で歌い出した。 つづいて、テノール・宮里直樹、座っている間、どこかで見た顔だと思ったら、ホールを揺るがす、その「大声」で思い出した。 4月25日の『題名のない音楽会』「いま“挑みたい共演”を実現する音楽会」で、クラシックギターの村治佳織と18年越し憧れの共演を果たしたテノールだった。 ヘンリー・マンシーニの「ムーン・リバー」を歌ったのだが、小さい音のギターに合わせ、「大声」でなく、中程度の声でと、なんとも嬉しそうに歌った、その優しそうな顔が、だいぶ緊張しているように見えた。 ソプラノとメゾソプラノも加わり、4人の精一杯の歌唱、さらに合唱団も一生懸命で、人間の声の素晴らしさに、圧倒された。 上野浅草フィルも、赤松晋さんの左前にいたチェロの若い人が一所懸命、強く弾きこむたびに、坊ちゃん刈りの頭を揺らし、尻を上下する「一弓入魂」を筆頭に、日頃の練習の成果を発揮して、心のこもった素晴らしい演奏だった。 「夏の第九」、一口に感動だった、人間力を実感する、圧倒的な体験だった。 ヘロヘロ浅草まで出かけた老人は、元気とパワーをもらって、西部劇を観て映画館を出るように、浅草公会堂を出て、オレンジ通りを肩で風を切って帰宅したのだった。
ドイツ語はわからないが、『歓喜の歌』は、「われわれは神の名の下に平等なのだ。 さあ、互いに手を取り、よろこびの園へと進もう」と歌っているのだそうだ。 1989年にベルリンの壁が崩壊した際には、東西ドイツが同じ舞台で『歓喜の歌』を歌い、再会を祝ったという。 あちこちで戦争が起こり、分断が深まる、現在の世界で必要なのは、まさに第九・『歓喜の歌』の大合唱ではないだろうか。
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