あさがお日記・五年統計2007/08/01 07:46

 閑にあかせて、毎朝咲くあさがおの数を数え、カレンダーに記入している。  大昔の計量経済学専攻だから(笑)、閑にあかせて、前4年分の統計表をつく り、そこに今年の数を書き込むことにした。

 入谷の朝顔市に出かけるのは例年初日の7月6日、買って来るのは標準型の 一鉢で、それから7月末までに咲いた数を、まず発表しよう。 閑人が統計を 取り始めた平成15年が111、平成16年が100、平成17年が127、平成18年 が86、そして今年が134である。 今年は、前日雷が鳴って荒れ模様の天候だ った30日に19、同じような天気のあくる日だった昨日31日は12咲いた。 こ のラストスパートが効いて、7月の統計としては最高の数を記録したのであっ た。

朝顔はいつまで咲くか2007/08/02 06:25

2007年8月1日の朝顔

 昨日ブログに掲載した写真(31日朝撮影)を撮った後、31日の夕方、毎年 やっている大きな鉢への植え替えをやった。 朝顔市の鉢には苗が4本植わっ ている。 それを行灯づくりにするのに、複雑にからめてあるので、毎年のこ とだが4本を分けるのに苦労する。 夕方のことだから、蚊取り線香をつけ、 携帯用蚊取り器を腰に下げ、両袖と胸に虫除けパッチを貼って、作業に臨んだ のだが、分離手術に時間を取られて、蚊の餌食となる。 落語でバカを刺すと 蚊もバカになるというのがあるが、蚊も閑人を刺すと、閑人になるのだろうか。

 朝顔は秋の季題である。 朝顔は、いつまで咲くのだろうか。 朝顔市の一 鉢で合計いくつ咲くのだろうか。 4年間の統計で最終日を見てみると、平成 15年が10月24日で641、平成16年が10月27日で896、平成17年が10月 18日で604、平成18年が10月4日で335だった。 昨年は終りも早かった が、数も少なかった。 統計を整理していて気がついたのだが、平成15年10 月24日は、実は兄がその夕方に急逝した命日で、翌日からは朝顔どころでは なくなったのだった。

追悼・阿久悠さん、好奇心のアンテナ2007/08/03 07:07

 阿久悠さんが亡くなった。 <小人閑居日記>を始めて1年半が過ぎた頃、 阿久悠さんの『日記力』(講談社+α新書)という本が出た。 それを読んで< 小人閑居日記>に4日連続で書いている。 まだブログにする前だったので、 追悼の意を込めて、再録してみる。

日記で時代の風や人間を読み取る<小人閑居日記 2003.7.3.>

 <小人閑居日記>を始めて1年半が過ぎた。 そこへ、阿久悠さんの『日記 力』(講談社+α新書)の新聞広告を見た。 副題に「『日記』を書く生活のす すめ」とある。 さっそく本屋に行った。 阿久悠さんは1981(昭和56) 年から日記をつけ始め、以来23年、一日も欠かさず書き続けているという。

阿久悠さんの歌詞は、新鮮だった。 時代の先を行っていた。 それまで誰 も書いたことのない歌謡曲を書こうと決めて、つくった作詞のルール「作詞憲 法十五カ条」が、この本にある。 その15に「歌は時代とのキャッチボール。  時代の飢餓感に命中することがヒットではなかろうか」とある。 その阿久さ んが、時代の風や人間を読み取る好奇心のアンテナを磨くための作業として、 日記をつけ続けてきた。 普通の日記のように自問自答や自虐的内容は書かな い。 アンチロマン日記だ。 世界情勢から政治、経済、事件、スポーツ、話 題、本などから、毎日とくに気になったこと五つを選択して、ベスト5だけを つける。 1ページの中で、受けるもの(情報)と、発するもの(自分の意見、 感じ、アイディア…これを阿久さんは赤字で書くらしい)を、たたかわせる。

阿久さんは、終り近くにこう書く「人の記憶というのは、ひどく曖昧なもの です。 その曖昧なことが、日々書くことで、鮮明な記憶として積み重なって いく。 この積み重ねによって、ただ惰性で過ごすのではなく、自分の生きて いる「今」という時代が、どこへ向かおうとしているのか、その中で自分がす べきことは何か、あるいは何ができるのか、そんなことが徐々に見えてくるは ずです。 時間はかかるかもしれませんが、粘り強く続けていれば、日記を書 く以前よりも、ずっと生き生きした日々であることを実感するはずです」

メモからすべては始まる2007/08/04 07:04

 東でなく西へ行った阿久悠さんは、もう、あちらにお着きになっただろうか。  気がつけば、さびしげな町だろうか、その町は。 四番街に行ったならば、夏 目雅子さんの家へ行き、どんな暮ししているのか、見て来てほしい。

すべてはメモから始まる<小人閑居日記 2003.7.4.>

 阿久悠さんは、自分のアンテナに引っかかってきたことや、思いついたアイ ディアを、すべてメモに残すことにしている、という。 そのためにハガキ大 のメモ用紙を、居間、寝室、書斎、車の中、オフィスのデスクの上と、あらゆ る場所に置いている。 仕事が落ち着いた夜の11時ぐらいになって、それら のメモを集めて、目を通し取捨選択する、初めは本のタイトルにしようと思っ た「真夜中の一人編集会議」をして、ベスト5だけを日記につける。

 阿久さんには、数値的なことが重要で、それが書いてないと「ただのおっさ んが怒鳴っている意見」になってしまう、という。 人の語った言葉も気にな る性質(たち)だ。 アイディアが浮かんでも、書きつけておかないと、「いい ことを思いついた」ことだけは覚えているのに、「何を思いついたのか」忘れて、 悔しい思いをする。 そして、いつも同じことを、ど忘れする。 だから、メ モにとる。

 あるあると、うなずくことばかりである。 私は、ここ一年ほどA4判の紙 を3回折った状態、つまり裏表で8×2の16コマあり、長手の真ん中1/2 だけ切れ込みをいれたメモ用紙を使っている。 手の中に入るので、ちびた鉛 筆でメモできる。 最近は、落語もただ聴いて、アハハと笑って帰ってくると、 ほとんど思い出せなくなっているから、マニアっぽくて若干の躊躇はあるのだ が、ごそごそメモしてくる。 <小人閑居日記>に、落語やテレビの細部が記 されているのがあれば、そのメモのおかげということになる。

しかとした価値観を持つために2007/08/05 07:09

 阿久悠さんは、『暮しの手帖』に「日本人らしいひと」という連載をしていた。  詩のような、短いエッセイのようなものだ。 最新号である29(8-9月)号は 「凛とした女の子になりなさい」。 「いいかい 女の子だって 強くってもい いんだよ」 「ちょっとした挨拶の誠意と 心地よい微笑の会釈と 問われた時 にハイと答える 善意さえ感じさせれば 強くっていい」 「強く生きなさい  自由で強くてやさしい子を 凛としていると言います」そういう凛とした女の 子が「近頃いないのです」。

情報やイメージに騙されないために<小人閑居日記 2003.7.5.>

朝日新聞で誰だったか(これはメモし忘れた)、白装束集団騒ぎと有事関連法 審議の時期が重なったことについて、白装束集団は何年も前から活動していた のに、あの時だけ騒いで、当局がオウム真理教と同様の危険というような発言 をしたりしたことに、意図的な情報操作の可能性を指摘していた。 イラク戦 争の開戦と大量破壊兵器の問題もあれば、自衛隊が行くイラクの現状は、ニュ ース番組でレポーターのいうように危険でなく、自民党調査団の結論のように 安全なのか。 わからないことが、たくさんある。

 阿久悠さんは、『日記力』で、降り注ぐ情報やイメージの洪水の中、いかに騙 されないようにするか、あるいはブームというようなものについて、それは個 人がしかとした価値観を持っていないところに問題があるという。 大事なも のとそうでないものが、同じ重さで出される。 むしろどうでもいいことのほ うが、面白おかしく伝えられるために、大事なことがその陰にかくされてしま う。 事実と真実は、与えられるものでなく、自らが検証するもので、それは 一人ひとりが、どれぐらい賢くなれるかにかかっている、という。

 メモを取ることは、自分の価値基準で、何を拾うかの訓練になる。 情報を 受けて、解釈して、整理する。 「日記」をつけることで、ものの見方や話の 聞き方が変わる。 適当に生きることができなくなってくる。 感性が磨かれ る。 「日記」の、一見ささいなことの積み重ねの中に、時代が見えてくる。  といった「日記」23年の阿久悠さんの言葉は、<小人閑居日記>1年半の私 に、勇気と希望を与えてくれた。