トランプ政権のメディアへの圧力、その抵抗 ― 2026/09/28 07:11

アメリカでは今、トランプ政権がメディアに圧力を加える局面が目立つ。 これに対し、「コンデナスト」のロジャー・リンチCEOは、「現政権はこれまでにない方法でメディアに影響を及ぼしています。放送局なら免許剥奪をちらつかせ、企業買収を進めていれば合併承認を止める。残念ながら、その圧力に屈してしまったメディア企業をいくつか目にしてきました。」 「しかし我々は屈しません。むしろ、放送免許も不要で、政府の承認を必要としない我々は、競争優位です。記者たちには、『ジャーナリズムを行える場所が減っていく以上、一人ひとりに実践する責任がより重くのしかかる』と伝えています。」

19日、トランプ政権はテレビ局のCNN、 MS NOW、ポリティコの3社を「フェイクニュース」と名指しし、ホワイトハウスでの取材に必要な記者証を没収した。 3社は言論の自由を保障する憲法修正第1条に違反するとして、提訴に踏み切った。

 アメリカの主要テレビ5社(CBS、ABC、NBC、FOX、The CW)はCNNなどを擁護する姿勢を強め、21日にはトランプ氏の代表撮影を取りやめる事実上のボイコットに踏み切った。 22日に始まった国連総会でも5社は代表撮影を実施せず、テレビ局各社はトランプ氏の演説を放送する際に国連提供の映像を使用した。 CNNは演説自体を中継しなかった。 主要テレビ5社は、23日中国の習近平国家主席がワシントンのアンドルーズ空軍基地に到着し、トランプ大統領が異例の出迎えをした様子も撮影しなかった。

 3社の提訴を受けた、ワシントンの連邦地裁のケリー裁判官は24日、記者証の没収について事前の通告や聴取などがなされなかったことを踏まえ、適正手続きを保障した米国憲法第5条に違反する可能性が高いと決定した。 今回の決定の効力は14日間とされ、その間に地裁が改めて審議をする。

 ワシントン連邦地裁の決定を受け、ホワイトハウスは、CNN、MS NOW、ポリティコ3社の記者証を返還したが、主要テレビ5社は習近平国家主席のホワイトハウス到着時まで代表取材を再開しなかった。 その後、国賓訪問最終日の25日、両首脳夫妻による茶会(CBS代表取材)や国立公文書館訪問(CNN代表取材)は主要局で中継された。 しかし、26日テネシー州での大学アメリカンフットボールの試合観戦へ向かう大統領専用機に同乗して代表取材を担う予定だったCNNは取材を拒否された。

「メディアが生き残る道は」? ゼロクリック問題 ― 2026/09/27 07:49

 「メディアが生き残る道は」というインタビューが、9月16日の朝日新聞にあった。 世界中で紙媒体の苦境が続く中、創立百年を超えるアメリカの老舗出版社が気を吐いている。 骨太の調査報道の『ザ・ニューヨーカー』、ファッション誌『VOGUE』などを手掛ける「コンデナスト」だ。 そこで2019年4月の就任以降、ビジネスモデルを改革し、年々増収を実現しているロジャー・リンチCEO(最高経営責任者)に、話を聞いている。

 近年、紙媒体の衰退は世界中で顕著、印刷物はもはや成長エンジンにはならない。 長年にわたり成功してきた印刷媒体を中心とした組織構造のままだったので、変革が必要だった。 まずは、コンテンツのデジタル配信に取り組んだ。 アメリカではVOGUEデジタル版の有料定期購読の制度を始めた。 現在起きているデジタル領域での変化、つまり「検索」の衰退に対応するために、アプリの公開が重要だった。

 聞き手の丸山ひかり記者は、これは、現在メディアが直面しているゼロクリック問題だという。 グーグルで検索するとAI(人工知能)による要約が表示され、情報元の記事を読む人が減る現象だ。 「ゼロクリック問題」を知らなかった私が、グーグルで検索したら、まず「ユーザーが検索エンジンや生成AIの要約画面だけで疑問を解決し、Webサイトのリンクをクリックせずに検索を終えてしまう現象のことです」と出た。 そして、「ゼロクリックが増えた主な理由」として、・検索機能の進化…単純な疑問の答えが画面の最上部に表示される、・生成AIの台頭…複数サイトの情報をAIがその場で要約して提示する、・タイパ重視の心理…ユーザーが移動中やスマホで、長い文章のサイトを開かずに素早く答えを得たいと望む。 さらに「ビジネスやWebサイトへの影響」に、・アクセス数と収益の減少、・企業のブランド世界観や深い魅力が伝わりにくい、・検索結果上で予約まで完結し、顧客データや主導権をプラットフォーム側に握られやすくなる。

 「求められるこれからの対策」に、・一次情報の強化…AIが真似できない現場の取材や独自の調査データなど、クリックしてでも読みたくなる体験や情報を盛り込む、とあった。

 ロジャー・リンチCEOは、「私の見立てでは、検索経由の「コンデナスト」のWebサイトへの流入はいずれ消滅していくと考えています」「今、決定的に重要なのは『読者と直接つながること』。アプリをダウンロードしてもらい、そこから収益を生み出すビジネスモデルを作りました」「また、世界各地の組織を統合し、読者のグローバルな興味に応える編集体制を作りました。これはイベント戦略とも相乗効果を上げています」「人間が生成する質の高いコンテンツでこそ、私たちは競争優位を保つことができる」と、語っている。

以前「線状降水帯」は、なかったか? 豪雨と温暖化 ― 2026/09/11 07:14

 千葉の豪雨災害があり、7日は東京も豪雨予測で世田谷区でも学校が休校になった。 以前は聞かなかった「線状降水帯」という言葉を、よく聞く。 神里達博さんの「月刊 安心新聞+」(朝日新聞8月26日朝刊)で、「線状降水帯」という用語が使われるようになった事情を知った。 神里達博さんは、1967年生まれ、千葉大学大学院教授、専門は科学史、科学技術社会論。

 気象学は、20世紀後半から、観測データの充実とコンピューターの性能向上により、長足の進歩を遂げている。 集中豪雨の降水量も、地図上の細かなメッシュごとに把握できるようになった。 その結果、1980年代頃から豪雨の多くが線状の降水域で起きていることが分かってきた。 そして2000年前後に、九州地方でしばしば生じる線状の降雨帯を、研究者が「線状降水帯」と呼ぶようになった。 その後、2014年の広島土砂災害の報道でも使われたことで、この用語が一般化したとされる。

 つまり、自然現象自体は以前から存在していたと考えられるが、私たちがその存在を認識できるようになったのは比較的最近、ということだ。

 豪雨は、どんなメカニズムで生じるのだろうか。 通常、雨を降らせる雲は、大きく乱層雲と積乱雲に分かれる。 前者は一日中「しとしと」降る長雨をもたらす。 そして後者は、局地的な大雨の原因となる。 夏によく見る入道雲は、成長しつつある積乱雲の姿だ。

 もっとも、一つの積乱雲の寿命はせいぜい1時間である。 湿った上昇気流で雲は成長するが、降雨が始まると冷たい下降気流が生じ、湿った空気の上昇を遮ってしまうからだ。

 ところが、いくつかの気象条件が重なると、積乱雲が「世代交代」し、次々と同じ場所に生じるようになる。 その結果、激しい雨が何時間も同じ場所で降り続くのだ。 これが「線状降水帯」の「正体」である。

 こうした豪雨は最近、起こりやすくなっているのか。 そしてそれは、地球温暖化の影響なのか。 以前は、この種の問いに厳密に答えるのは難しかった。 だがここ数十年で、状況は変わった。 それはイベント・アトリビューション(EA)という技術が飛躍的に発展したことによる。 その方法の概略は以下の通りだ。 まず、二酸化炭素が増えている現実の地球と、温暖化しなかった仮想の地球の気候モデルを計算機の中に作る。 そして計算を繰り返し、「あり得たかもしれない天気」を多数、シミュレーションで作り出す。 その上で両者の豪雨の発生確率を計算し、比較するのだ。 たとえば「平成30年7月豪雨」について計算を行うと、温暖化の結果、大雨の発生確率が約3・3倍になっていたと推定された。 やはり温暖化の影響で豪雨は起こりやすくなっていると考えられる。

「演説」喋りで他人を説得するメディア、相手に伝わる「文体」 ― 2026/09/02 07:17

 三宅香帆さんの新潮社『波』連載「福澤諭吉をよみなおす」、7月号の第1回は「動画の時代に読み直す福澤諭吉」だった。 『文明論之概略』の緒言で「一身にして二生を経(ふ)る」といった福澤が、明治維新後の数え40歳になる明治6(1873)年ごろから、意識していたのは「演説」の必要性であった。 「口頭での言語パフォーマンスとそれを中心とした集団的意思決定の仕組みを日本社会に導入すること」が必要だと強く意識していた。 書くことではなく、喋ることで意思を伝えるメディアが必要だ、と。 書籍や新聞だけでなく、喋りで他人を説得するという新しいメディアに彼は注目していたのだ。

 なぜ演説を広めようとしたのか。 それは、欧米の議会制度を実際に目で見たことがきっかけだった。 福澤は、議会だけでなく、日常においても日本人が「会議」つまり口頭で意思を伝えあう場が必要になってくるだろう、とも思ったのだ。 「会議」という、独立した個々人が交際するための場が必要になってくるだろうと福澤は直感した。 演説。 それは日本にやってきた新しいメディアだったのだ。

 これを読んだ私は、参考文献に挙げられている、松崎欣一さんの『三田演説会と慶應義塾系演説会』(慶應義塾大学出版会・1998年)と『語り手としての福澤諭吉 ことばを武器として』(慶應義塾大学出版会・2005年)、そして参考文献には挙げられていないが、都倉武之さんの『メディアとしての福沢諭吉―表象・政治・朝鮮問題』(慶應義塾大学出版会・2025年)を思って、嬉しい気持になったのだった。

 三宅香帆さんは、「明治の演説ブーム」で演説=喋りによる説得とは暴力の時代へのアンチテーゼであるから、いまの時代に最も重要なメディアのひとつにも見えてはこないだろうか、と指摘したあと、「福澤諭吉の文体」について書く。 福澤はベストセラー『学問のすゝめ』を生み出した「書き手」であり、同時に、演説を日本に広めた「喋り手」でもあった。 しかもそれでいて、福澤は政治家にはならず、最後まで自分の思想や知識を、言葉で、伝えることに注力した。 ここで、松崎欣一さんの『語り手としての福澤諭吉』の長い引用がある。 「読者を「軽侮罵言する」ということがある。そうなってしまっては、「客を招待して門前に番兵を置き、却てこれを叱咤する」ことに他ならないではないか」、「世情の勢いをより高尚の域に導くべく、当代の学問に励む者-学者-の責務として、難解な書物を読むことで終わるのではなく、翻訳、著述、演説、対話、あらゆる方法を駆使して必要なメッセージを積極的に発信しようというのである。」

 書き手としての福澤の文体も特徴的だ。 彼は洋書の翻訳をするときも、とにかく平易に、だれにでもわかるように書くことを意識していた。 こうして本人いわく「雅俗めちゃくちゃ」文体が完成した。 誰に向かって書いているのかを意識すること。 それは演説においても同様だった。 重要なのは、伝える方法――メディアの選び方、喋り方、身振り手振りの方法など――なのだ、と。 文体も、喋り方も、訳語の選び方も、福澤にとっては同じ問題だった。 重要なのは、スタイルなのである、と。

長年の疑問が、AIモード検索で判明 ― 2026/08/31 07:06

 5月20日から「AIモードで「馬場紘二」を検索すれば…」に始まって、4日ほどAIモードの検索には問題もあることを書いたのだが、最近、普通の検索では出てこなかった答が、AIモード検索で出て来ることがあるのを知った。

 <小人閑居日記>の2018年6月24日に「「有楽町」今昔ものがたり」、25日に「スバル座とガード下の飲み屋街」を書いていた。 毎日カバンを下げて、銀座の表裏を歩き回っていた時、集金をして、釣銭用の両替の小銭を届ける喫茶店があった。 ほとんど毎日その5丁目の喫茶店に行っていたのに、後年、どうしてもそのお店の名前が思い出せなかった。 カフェ・パウリスタのパウリスタが「サンパウロの人」の意であるように、その店も南米の地名に関係があったのは、何となく憶えていたのだが…。 それが、「ジャーミネーターの会」で、佐藤允彦さんの銀座ジャズピアノ事始のトークを聞いて、判明したのである。 カリオカさん、だった。 そうそう、銀行の支店に帰ると、出納係の女性が、「カリオカさんから電話がありましたよ」と、言うのだった。 カリオカ、リオデジャネイロ生まれの人、または住民の意だった。 最近になって、『銀座百点』で「西洋料理 南蛮 銀圓亭」の広告を見るようになった。 その住所は、5丁目4-8 カリオカビルなのであった。 一度、行ってみたいと思いながら、なかなか行けない。

 「スバル座」については、こう書いていた。

 映画館・有楽町スバル座は、敗戦の翌年、昭和21(1946)年にオープンした。 GHQが対米感情を和らげるためには、アメリカ映画の文化を日本に浸透させるのが一番と、アメリカ映画の配給会社をつくり、その受け皿として、第一生命を接収していたGHQに近い有楽町につくったのが、スバル座だった。

昭和21(1946)年12月31日にグリア・ガースン、ロナルド・コールマン主演の『心の旅路』で開館した。 当時の写真を見ると、“Subaru Theatre”(treに注目)、“ROAD SHOW”“RANDOM HARVEST”(『心の旅路』の原題)とある。 「つづくガーシュインの伝記映画『アメリカ交響楽』が新作だったので「帝都唯一のロードショウ発祥の映画館」と称した」といわれているが、写真では既に『心の旅路』の時に“ROAD SHOW”の看板があった。

わが家も、まんまとGHQの思惑にはまり、よくアメリカ映画を観た。 私は昭和21(1946)年には5歳だったが、おそらく翌年、母親に連れられて行って、イングリッド・バーグマンの『ガス燈』(看板の写真に“GASLIGHT”とあった)に退屈したり、フランス映画『美女と野獣』(ジャン・コクトー監督、ジャン・マレー主演)が怖くて後ろを向いていたのは、スバル座だったろう。 スバル座は、7年後の昭和28(1953)年9月6日の夕刻、火事を出して焼けてしまった。 H・G・ウエルズのSFを映画化した『宇宙戦争』を上映中で、観客は最初、映画と本物の火事の見分けがつかなかったという。 この『宇宙戦争』も、火事で焼ける前に観ていた。 スバル座の隣にも映画館があって、そちらにも行っていたのだが、その名前が「カリオカさん」と同じく、思い出せない。 ご存知の方は、ご教示を。 映画も、ジャズも、野球も、そして慶應義塾の新聞研究室や図書館学科も、さらにいえば民主主義、六三制の戦後教育も、GHQの方針や思惑があったと考えると、それにどっぷり使って生きて来ただけに、ある種の重い感慨が横切らなくもない。

 しかし、その時は、スバル座の隣の映画館の名前を、誰も教えてくれなかった。 それが今回、AIモード検索で判明したのだ。 その名前は、オリオン座だった。 スバル座とオリオン座、俳句で言う「取り合わせが近すぎて」思い出せなかったのか。