大相撲部屋別年寄一覧、部屋付き親方まで ― 2026/05/04 07:13
横綱照ノ富士が、伊勢ケ浜親方になっているのを始め、陸奥部屋の霧馬山が霧島に(地位は落ちかけと復帰の同じ関脇だった)。 貴景勝が湊川親方になっている他、碧山、隠岐の海、妙義龍、遠藤など年寄になって部屋付きの親方になっている例もあるので、年寄を全部出してみることにする。
大相撲年寄一覧 (関取のいない部屋、部屋付き親方を含む)
〇二所ノ関一門
佐渡ヶ嶽部屋(元琴ノ若)荒磯(元琴勇輝)尾車(元琴恵光)粂川(元琴稲妻)白玉(元琴椿)浜風(元五城楼)
片男波部屋(元玉春日)
田子ノ浦部屋(元隆の鶴)
阿武松部屋(元大道)不知火(元若荒雄)
高田川部屋(元安芸乃島)花籠(元太寿山)
湊川部屋(元貴景勝)常盤山(元隆三杉)
錣山部屋(元豊真将)
放駒部屋(元玉乃島)松ヶ根(元玉力道)
大嶽部屋(元玉飛鳥)熊ヶ谷(元大竜)
鳴門部屋(元琴欧州)
芝田山部屋(元大乃国)峰崎(元三杉磯)
二所ノ関部屋(元稀勢の里)
中村部屋(元嘉風)
押尾川部屋(元豪風)
秀ノ山部屋(元琴奨菊)
西岩部屋(元若の里)
湊部屋(元湊富士)
〇出羽海一門
出羽海部屋(元小城乃花)中立(元小城錦)高崎(元金開山)
春日野部屋(元栃乃和歌)清見潟(元栃煌山)富士ヶ根(元大善)二十山(元朝乃山)竹縄(元栃乃洋)三保ヶ関(元栃栄)岩友(元碧山)
立浪部屋(元旭豊)
境川部屋(元両国)山科(元豊響)関ノ戸(元岩木山)立田川(元寶千山)振分(元妙義龍)
木瀬部屋・木村瀬平(元肥後ノ海)若藤(元皇司)稲川(元普天王)井筒(元明瀬山)
藤島部屋(元武双山)待乳山(元武州山)山分(元武雄山)大鳴門(元出島)出来山(元翔天狼)
玉ノ井部屋(元栃東)
二子山部屋(元雅山)
武隈部屋(元豪栄道)
雷部屋(元垣添)入間川(元栃司)
式秀部屋・式守秀五郎(元北桜)
尾上部屋(元浜ノ嶋)千賀ノ浦(元里山)
山響部屋(元巌雄)小野川(元北大樹)
武蔵川部屋(元武蔵丸)
〇時津風一門
時津風部屋(元土佐豊)枝川(元蒼樹山)中川(元旭里)
荒汐部屋(元蒼国来)浦風(元敷島)
追手風部屋(元大翔山)立田山(元薩洲灘)高島(元高望山)鏡山(元多賀竜)北陣(元遠藤)
伊勢ノ海部屋(元北勝鬨)勝ノ浦(元起利錦)春日山(元勢)甲山(元大碇)立川(元土佐ノ海)
音羽山部屋(元鶴竜)陸奥(元霧島)
〇高砂一門
高砂部屋(元朝赤龍)
九重部屋(元千代大海)谷川(元北勝力)佐ノ山(元千代の国)錦島(元千代鳳)
八角部屋(元北勝海)大山(元北勝富士)陣幕(元富士乃真)東関(高見盛)君ヶ浜(隠岐の海)
錦戸部屋(元水戸泉)千田川(元徳勝龍)
〇伊勢ケ浜一門
伊勢ケ浜部屋(元照ノ富士)楯山(元誉富士)間垣(元石浦)桐山(元宝富士)宮城野(元旭富士)
安治川部屋(元安美錦)
大島部屋(元旭天鵬)玉垣(元智乃花)
浅香山部屋(魁皇)友綱(元魁聖)
若松部屋(元朝乃若)
朝日山部屋(元琴錦)
大相撲夏場所、一門と部屋別の幕内・十両力士 ― 2026/05/03 07:39
〇二所ノ関一門
佐渡ヶ嶽部屋(元琴ノ若) 琴櫻(大関)琴勝峰(関脇)琴栄峰(前13)
片男波部屋(元玉春日) 玉鷲(前13) ・玉正鳳(十12)
田子ノ浦部屋(元隆の鶴) 高安(小結)
阿武松部屋(元大道) ・阿武剋(十1)
高田川部屋(元安芸乃島) 竜電(前16) ・輝(十7)湘南乃海(十8)白鷹山(十13)
湊川部屋(元貴景勝) 隆の勝(前1)若ノ勝(前16)
錣山部屋(元豊真将) 阿炎(前9)
放駒部屋(元玉乃島) 一山本(前2)
大嶽部屋(元玉飛鳥) 王鵬(前3)
鳴門部屋(元琴欧州) 欧勝馬(前8)欧勝海(前15)
二所ノ関部屋(元稀勢の里) 大の里(横綱) ・白熊(十8)
中村部屋(元嘉風) ・友風(十5)嘉陽(十9)
押尾川部屋(元豪風) ・風賢央(十11)
〇出羽海一門
出羽海部屋(元小城乃花) 御嶽海(前14) ・出羽ノ龍(十3)
春日野部屋(元栃乃和歌) ・栃大海(十14)
立浪部屋(元旭豊) 豊昇龍(横綱) ・明生(十6)大花竜(十13)
境川部屋(元両国) 平戸海(前3) ・佐田の海(十2)西ノ龍(十9)
木瀬部屋(元肥後ノ海) 美ノ海(前6)宇良(前11)金峰山(前11) ・一意(かずま)(十6)
藤島部屋(元武双山) 藤青雲(前6)藤凌駕(前17)
玉ノ井部屋(元栃東) ・羽出山(はつやま)(十3)東白龍(十10)
二子山部屋(元雅山) 狼雅(前14)
武隈部屋(元豪栄道) 豪ノ山(前4)
雷部屋(元垣添) 獅司(前12)
〇時津風一門
時津風部屋(元土佐豊) 正代(前5)時疾風(前12)
荒汐部屋(元蒼国来) 若隆景(小結)若元春(前5) ・大青山(十1)
追手風部屋(元大翔山) 大栄翔(前4)翔猿(前15) ・日翔志(十12)
伊勢ノ海部屋(元北勝鬨) 藤ノ川(前1) ・錦木(十11)
音羽山部屋(元鶴竜) 霧島(大関)
〇高砂一門
高砂部屋(元朝赤龍) 朝紅龍(前7)朝白龍(前8)朝乃山(前10) ・朝翠龍(十4)
九重部屋(元千代大海) 千代翔馬(前7)
八角部屋(元北勝海) ・北の若(十5)
〇伊勢ケ浜一門
伊勢ケ浜部屋(元照ノ富士) 熱海富士(関脇)義ノ富士(前2)錦富士(前9)伯乃富士(前10) ・尊富士(十2)寿富士(十7)翠富士(十10)炎鵬(十14)
安治川部屋(元安美錦) 安青錦(大関)
大島部屋(元旭天鵬) ・旭海雄(十4)
大の里、贔屓の力士、ここ10年の優勝者 ― 2026/03/24 07:11
隠岐の海や遠藤が引退したのは、寂しい。 今場所は、贔屓にしている若元春、若隆景の兄弟が芳しくなかった。 だが熱海富士は一段レベルを上げたようだし、若手の義ノ富士、藤ノ川が面白い。 湘南乃海も、次第に十両から戻れそうになってきたし、金沢出身の炎鵬も来場所は十両に戻れるかもしれない。
ここ10年の優勝力士を振り返ってみる。
2026年初場所 安青錦 3月場所 霧島
2025年初場所 豊昇龍 3月場所 大の里 5月場所 大の里 7月場所 琴勝峰
9月場所 大の里 11月場所 安青錦
2024年初場所 照ノ富士 3月場所 尊富士 5月場所 大の里 7月場所 照ノ富士
9月場所 大の里 11月場所 琴櫻
2023年初場所 貴景勝 3月場所 霧馬山 5月場所 照ノ富士 7月場所 豊昇龍
9月場所 貴景勝 11月場所 霧島
2022年初場所 御嶽海 3月場所 若隆景 5月場所 照ノ富士 7月場所 逸ノ城
9月場所 玉鷲 11月場所 阿炎
2021年初場所 大栄翔 3月場所 照ノ富士 5月場所 照ノ富士 7月場所 白鵬
9月場所 照ノ富士 11月場所 照ノ富士
2020年初場所 徳勝龍 3月場所 白鵬 5月場所 中止 7月場所 照ノ富士
9月場所 正代 11月場所 貴景勝
2019年初場所 玉鷲 3月場所 白鵬 5月場所 朝乃山 7月場所 鶴竜
9月場所 御嶽海 11月場所 白鵬
2018年初場所 栃ノ心 3月場所 鶴竜 5月場所 鶴竜 7月場所 御嶽海
9月場所 白鵬 11月場所 貴景勝
2017年初場所 稀勢の里 3月場所 稀勢の里 5月場所 白鵬 7月場所 白鵬
9月場所 日馬富士 11月場所 白鵬
2016年初場所 琴奨菊 3月場所 白鵬 5月場所 白鵬 7月場所 日馬富士
9月場所 豪栄道 11月場所 鶴竜
大相撲3月場所、関脇・霧島の優勝 ― 2026/03/23 07:14
安青錦の超スピード横綱昇進なるかの期待で始まった大相撲3月場所、関脇・霧島(音羽山部屋)の12勝3敗の優勝で千秋楽となった。 安青錦は、二日目義ノ富士に寄倒され、四日目美ノ海に寄倒されて2敗と暗雲が現れ、六日目王鵬に極め出し、七日目熱海富士に上手投、中日には隆の勝に叩込で敗れ三連敗で5敗になってしまった。
3月17日の十日目を終ったところで、トップの9勝1敗は霧島と豪ノ山(武隈・前頭10枚目)、つづく8勝2敗は豊昇龍と琴勝峰(佐渡ヶ嶽・前頭5枚目)だった。 十一日目、霧島が豪ノ山を突落して単独トップ、2敗は豊昇龍、琴勝峰、豪ノ山となった。 十二日目、霧島が豊昇龍を上手投、琴櫻が豪ノ山を押出し、琴勝峰は義ノ富士を叩込んで、霧島11勝1敗、琴勝峰10勝2敗、豊昇龍と豪ノ山が9勝3敗で追う展開となった。 十三日目、霧島は王鵬を寄倒して1敗を守ったが、豊昇龍が琴勝峰を叩込んで共に3敗、豪ノ山は熱海富士に押し出され4敗と圏外へ、霧島と豊昇龍・琴勝峰との差は2となった。
そして、 十四日目、琴勝峰は熱海富士に押出で、霧島は安青錦に上手投で、豊昇龍も琴櫻に外掛けでと、三人とも負けて、2差だから、霧島の優勝が決まって、終盤の優勝争いという興味がなくなってしまった。 千秋楽も、霧島は意地の大関・琴櫻に押出されて、12勝3敗と、何となくしまらない優勝となったのであった。 三場所の成績と、今場所の優勝で、大関に復帰することになり、稽古の成果が証明されたのはよかった。
出陣学徒壮行会、和田信賢と志村正順 ― 2026/03/18 07:09
ラジオ放送による「電波戦」が始まる<小人閑居日記 2023.10.13.>
ドラマ『アナウンサーたちの戦争』、「言葉には力がある。言葉で世界を変える。それはラジオ。」と始まる。 災害の危険をいち早く知らせて、人を守るアナウンサー、声が兵器に変わっていく。 昭和14(1939)年5月、日本放送協会は愛宕山から日比谷の新会館に移り、情報は同盟通信社に依存することになった。 翌年12月には、情報局が設立され、日本放送協会はその傘下に入る。
昭和15(1940)年2月、夜8時に靖国神社招魂祭の全国放送を実況した和田信賢は、遺族を綿密に取材して、「母ァさん、今年の米の出来はどうです。だけど母ァさん、嘆いていてはいけないよ、俺は故国の英霊となって、永遠に御国の為に生きているんだから、母ァさん、元気を出して生きていっておくれ。俺はいつまでも見守っているよ。」と、放送した。 それを聞いて、第五期新人アナウンサーで、研修を受けていた大島実枝子は感動し、和田が町を歩いたり、電車の中で、市井の人々や情景を、即時描写(実況)している姿に惹かれていく。
昭和16(1941)年12月8日、午前2時には「西の風、晴れ」と放送していた天気予報が、午前4時から気象管制に入り、天気予報の放送は一切中止となった。 午前6時53分、和田は電話で布告の原稿を書き取る。 「大本営陸海軍部発表、今8日未明帝国陸海軍は西太平洋に於て、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」。 午前7時、それを館野守男が「臨時ニュースを申し上げます」と放送した。 館野は、思わず息んだので、その言葉が国民の熱狂を生むことになった。 川添照夫(中島歩)は、憎しみを植え付けるように読むことに反対したが、情報局との連絡を担当する上司は、マイクが運ぶのは、国家の意志だ、と申し渡す。
ラジオ放送による「電波戦」が始まった。 ナチスドイツが行うプロパガンダを手本に、戦意高揚や国威発揚を図り、時には虚偽の情報を発信して敵を攪乱させるのだ。
日本放送協会は、南方へ170名の「電波戦士」を派遣し、放送局を開設した。 100を超える放送局が、言葉の力で戦意を高揚させ、敵軍を惑わす「謀略放送」で「電波戦」を行うとともに、日本文化の普及にも努めた。 フィリピンへは、松内則三(古館寛治)が局長、ナンバー2として米良忠麿(安田顕)が、ビルマへは、館野守男(高良健吾)が、仏印、ベトナムへは、今福祝(浜野謙太)が派遣された。 ジャワでは「謀略放送」で敵を欺き、言葉で勝利した。
出陣学徒壮行会、和田信賢と志村正順<小人閑居日記 2023.10.14.>
和田信賢(森田剛)は、戦況の悪化に、「何が本当で、何が嘘かわからなくなった」と洩らす。 「信用のない言葉ほど、みじめなことはない」「自分に、吐きそうだ」「言葉の使い方を間違えた?」「原稿を読む以外に、何ができる」と苦悩するが、情報局に繋がる上司は「最後のアジテーターは、その役割を全うせよ」と迫る。
和田は、出陣学徒壮行会の実況の準備に入る。 妻の実枝子(橋本愛)は、「招魂祭、衝撃だった、あの声に私は惹かれた。遺族と会って、その言葉を拾い集めていた。一人一人が掛け替えのない人だった。虫眼鏡で調べて、望遠鏡で見るように、分かり易く伝える。調べていたから、あなたの言葉は信頼できた」と、励ます。 和田は、早稲田大学野球部の合宿所へ行き、朝倉寿喜主将(水上恒司)など選手たちの声を聞く。 初めは通り一遍の答を並べ、「言いたくない」としか話さなかったが、「戦争は殺し合いをするところだ、君たちの本心が聞きたい」という和田に、「死にたくない、僕は生きたい、野球がしたい、家族に恩返しがしたい、だが社会が許してくれない」と話す。
昭和19(1943)年10月21日、明治神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会は、雨だった。 和田は、駄目だと、倒れる。 学徒を戦地に送るやり切れない思いが、酒を過ごさせて体調不良に陥った。 用意していた原稿には、「かあちゃんよーー、かあちゃんの声が聞きたい、行きたくないよーー、私が聞いた学徒の声であります。誰にも言えないその思い、雨は一層激しく学徒たちを打ち付けております。二十年生きて来たのに、いま泥鰌のことしか思い出せない。お父さん、正直怖い、死にたくない、生きたい。この言葉を、私はどのように聞けばよかったのでありましょうか。今、粛々と行進するのであります。壮士ひとたび去りて、復(ま)た還らず。国民の皆様、どうぞお聞きください、若者たちは命を受け、彼らは二度と、もう二度とここに戻らないのであります。」と、あった。
後輩の志村正順(大東駿介)が、当日欠席した和田に代わって実況中継を担当し、名声を得た。 志村と同じ後輩アナウンサーの刈屋富士雄によると、和田が「学生を戦地に送る壮行会を盛り上げることは出来ない」と上層部に主張して激しく対立したためだという。
後に私は子供の頃から、志村正順は、「まぁ、何と申しましょうか」の小西得郎解説とのコンビのプロ野球実況で、刈屋富士雄は大相撲の実況で聴いていた。

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