桃月庵白酒の「山崎屋」後半2024/07/04 06:56

 一芝居打ちます。 花魁を親元身請けして、町内の鳶頭(かしら)の家に預かってもらう。 若旦那が丸ノ内の赤井様の掛百両を取りに行って、それを鳶頭に預ける。 はてな? 若旦那が店に帰って財布を落したらしいと話しているところに、鳶頭が財布を拾ったと、飛び込んで来る。 大旦那が礼に来たところへ、花魁が御殿女中のような格好でお茶を出す。 大旦那は、誰だと、かならず聞きます。 かかあの妹で、長く屋敷奉公をしていたのだという。 大丈夫かい。 旦那は商い以外は目が節穴、大丈夫です。 行き遅れていて、どこかによいところはないでしょうか、持参金が三百両、箪笥長持が五棹。 旦那は欲が深い、ぜひ倅の嫁にというに違いない。 偉い、ごまかし慣れている。 私を誰だと思っているんです、三か月、ご辛抱願います。

 旦那様。 久兵衛か。 丸ノ内の赤井様の掛百両、私が手を離せないので、貞吉に行かせようとしたら、蝶々を追っかけて出て行った、動態視力を養っているとかで。 最近、若旦那がすっかりご改心かと、お試しになったらいかがです。 もし、掛を持って帰らなかったら、勘当なさいませ。 必ず、お帰りになります。 強気だな。 好太郎、行ってきます。 聞いてたな。

 倅が帰ったか、よく帰ったな。 掛は頂いてきたんだろうな、財布をここに出しなさい。 はてな! はてな!(と、懐を探る) どうした、落としたんじゃないだろうな。 そういえば……。 普通に話せ、悪い了見を起こしたんじゃないだろうな。 鳶頭が来ました。 表で財布を拾ったんですが、こちらの印が入ってたので、お改めを。 百両、確かにある。 好太郎、鳶頭が拾ってくれたんだ。 そうなんですか。 夢のようなお話で、若旦那、お帰りでよろしうございますな。 よいご縁談がありましたら、身を固めて頂いたらと存じます。

 旦那様、鳶頭のところにお礼に行っていただきたいと思います。 羊羹の二切れも持っていくか。 百両ですから、十両ばかり包みまして。 見せるのか、あげるのか、いざ出すとなると、大金だ。 にんべんの鰹節の切手と、十両の目録をお持ちになって、鳶頭は江戸っ子ですから、目録だけはお返しになると思いますが、どちらを取るか、鳶頭をお試しになってはいかがでしょう。

 鳶頭、いるかい。 こりゃあ、旦那様、恐れ入ります。 お茶、持って来い。 話がある、改めて礼を言う、倅の料簡が改まった。 この通り、にんべんの鰹節の切手と、十両の目録がある。 目録は返すだろう。 そうですね、にんべんの切手だけ頂いて、目録はそちらに。 そうか、鳶頭は江戸っ子だ。 早く、お茶を出して。 あちら、どういう娘さんで? かみさんの妹で。 似てないで、よかった。 ずっと武家奉公をしていたんですが、商人(あきんど)に嫁ぎたいと申してまして、どこかによいところはないでしょうか、持参金が三百両、箪笥長持が五棹。 ありますよ、家の倅、好太郎、もしよかったら家の倅はどうだろう。 倅がイヤだと言ったら、わしがもらう。

 というわけで、旦那は楽隠居となった。 お花や、お花や、お茶をいれてくれ。 お茶でありんす。 武家奉公したからか、変った言葉だ。 そうだ、髪結床の親方に聞かれた、お宅のお嫁さんはどちらのお屋敷にいたのかと。 はい、北国ざますの。 北国といえば、加賀様かい。 加賀様なら、お女中衆もたくさんいるんだろうね。 はい、三千人。 そんなにいるのか、参勤交代なんか大変だろうな。 お女中は駕篭で行くのか。 道中はするんざます、駕篭の往き来はならない、三つ歯の高いぽっくりで、日の暮に出て、武蔵屋ィ行って、伊勢屋ィ行って、大和の、長門の、長崎の…。 おいおい男の足だってそんなに歩けない。 諸国を歩く六十六部、足の達者が飛脚と天狗……お前には六部に天狗が憑いたんだな。 いいえ、三分で新造がつきんした。

桃月庵白酒の「山崎屋」前半2024/07/03 07:00

 国立劇場なかなか進みませんね、あそこで、こっそりやっちゃったらどうですか。 10年経っても、あのまんまかもしれない、いろいろ大人の事情があるんでしょう。 最近のニュース、テレビ以外の情報が、ネットで入ってくる。 今日6月25日は、沢田研二の誕生日。 沢田研二は、師匠の雲助と同い年(笑)、沢田研二っていわれるとちょっと違う気がするけれど。 さん喬師匠とも同い年なんですね、勝手にしやがれって感じ。

 大きさの比較に、以前はタバコのセブンスターと並べた。 東京ドーム何個分とかいう、鹿児島生れなんで、日没と共に消灯、東京ドームの見当がつかなかった。 末広亭二百個分。 吉原は、東京ドーム1.5個分、公認のお遊び場所で。 行こうか、中へ、北国(ほっこく)へ、とか言う。 江戸の鬼門、艮(うしとら)北東なので。 独特のしきたりがあって、遊女三千人御免の場所というが、何倍かの人がいた。 駕籠の乗り入れは許さない、大門までで、例外は急病人で来る医者だけ。 イベントもある仲の町通り、花魁道中には、禿(かむろ)という下っ端がつく。 チャンランチャンランと、清掻(すががき)という三味線に乗って、文金赤熊に派手なかんざしを挿し、豪華に着飾り、三ツ歯の駒下駄で、外八文字、定期的な酔っぱらいの歩き方で、コロリカラリと歩く。 花魁は教養があって、言葉遣いも違う。 「ぬし、お起きなんし」といい、「起きろ!」「起きてけつかれ!」とはいわない。 出身や育ちは、里言葉、アリンス言葉で、クリアされる。 最上級の花魁は、情報誌『吉原細見』によると、昼遊びだけで三分、一分あればひと月一家で暮らせた。 花魁には新造(しんぞ)が付く、振袖新造、後ろで踊る留袖新造、バックも無理な番頭新造はマネージャー。

 久兵衛、親父の叱言はサワリで済んだよ。 時に番頭、聞いてもらいたい話がある、三十両、用立ててもらいたい。 三十両なんて大金、私にはありません。 店のお金からだ。 店のお金からなんて、手堅いと言われている私には、とても出来ません。 大きな声を出すな、出来なかろうが、粋なお前ならなんとかする。 大きな声は地声、私は野暮で。 ちょいと聞くが、あの女、いくつだ。 妾狂いしているとでも…。

 久兵衛、ちょっと前へ、先月の二十日、隣町のお湯屋に行ったら、色の白い二十七、八の粋な年増が出て来た。 後を付いて行ったら、裏道に回り込んだ。 行き止まりの奥から二軒目の左、清元なにがしの看板。 そこにいたおばさんに聞いたら、よくしゃべる女で、お囲い者で、横山町の鼈甲問屋の番頭さんだという。 お前さんは堅い男だ、何かの間違いだと思っていたら、四、五日して、お前さんがそそくさと出て行った。 暇だから付いていくと、お前さんに似ているのが、その家に入って行って、覗くと、お前さんに似た男が何か食べてるんだ。 親父に、この話をそっくりしようか。 声が大きい、野暮です。 声の大きいのは地声だ、商人の倅は、野暮の方が手堅い。 ちがうんで、あれは妹の、おばさんのおばさんに当るような者で…。 頼む、と手をついているんだ、三十両、用立てておくれよ。 聞きたいんですが、そのお金、女に使うんですか。 四、五日したら、帰ってくる。

 若旦那、本当に惚れてんですか、その女に。 一緒になれたら、道楽は止めますか。 世の中、表も裏もある。 三か月、ご辛抱なさって下さい。

柳家喬太郎の「強情灸」2024/07/02 07:04

 落語研究会、TBSなのに、今回からよみうり大手町ホール、楽屋によみうりの方が挨拶に見えて、ウチでも落語会やってますのでよろしく、と。 ここでは、さん喬一門会をやっていた。 楽屋のつくりが、部屋が並んでいるのでなくて、奥に和洋室があり、そこでメイクをしてる。 これでもメイクしてもらうんで、しているか、していないかというところに、メイクさんの腕がある。 一門会では、その部屋を師匠のさん喬が一人で使ってた。 使ってたと言っても、まだ元気なんで(笑)。 感慨の持ち方で、直系の弟子が12人、孫弟子多数、なかには新作やってるのもいる(笑)、十人寄れば気も十色だ。

 強情な奴がいる。 過ぎると、悪強情(と、羽織を脱ぐ)。 具合、よくないそうじゃないか。 腰が痛くて、疝気かな。 医者に診てもらったのか。 医者は好きじゃないから。 陽気の替わり目のせいかもと、町内の奴湯で、朝から夕方まで入っていて、出たところで、ドーーンと倒れた。 みんなが水をかけてくれて、芯まで冷えた。 伊勢六のご隠居が、灸を据えたらいい、ウチにおいでよ、と。 肌脱ぎになって、背中を向けた。 これっぱかしのもの、ふた粒。 熱いのなんのって、脂汗だらだら、我慢してよ、歯を食いしばって、奥歯が三本折れた。 上に上にと据えるんだって、艾(もぐさ)をもらってきた。

 隣のかみさんに頼んで、据えてもらった。 上に上に、っていうから、背中から、頭のてっぺんを通って、おでこまで来た。 そこへ、お前が来た。 今日は、灸を休もうか。 馬鹿だねえ、上に上に…って、違うんだよ。 腹んばいに、なんなよ。

 そんなこっちゃあ、我慢する者がニッポンからいなくなっちゃう、人間、大人、男じゃねえか。 わかったよ、俺が据えてみようじゃないか。 気の持ちようだ。 艾をほぐして、丸める。 本当の灸を見せてやる。 丸めた艾で、机をドンドンと叩く。 腕にのせる、ドーデェー! のっけとくだけか。 線香、貸してみろ。 ほら、見てみねえ。 煙が上に上がる、浅間山だ。 腕に穴が開いちゃうよ、よしなよ、よしな、よしな。

 こういうのを、本当の灸ってんだ。 石川五右衛門を知ってるか、油で釜茹でになって、ニッコリ笑ったてんだ。 ホッ、フッ、フッ、フッ、火の回りがいい。 八百屋お七なんざ、火あぶりになったんだ。 石川五右衛門は釜茹でだ、油ぐらぐら煮立ってるところで、辞世の歌を詠んだ、石川や浜の真砂は尽きるとも、むべ山風は嵐というらん。 下の句が違うんじゃないか。 泥棒だから、どっから持って来てもいいんだ。 ふざけんな、ウッ、コレッ、フッ、フッ、石川や、石川や……(腕の、艾の塊を振り払う)。 俺はちっとも、熱くないけれど、五右衛門はさぞ、熱かったろう。

林家正蔵の「藁人形」後半2024/07/01 07:05

 西念は、風邪でも引いたのか、千住河原の長屋で、十日ほど寝込んでしまった。 観音様へお礼参りに行くか。 小塚ッ原の若松屋に寄る。 藤どん、ごめん下さいまし。 エーッ、おくまさんへ、西念さんが来てます。 どうしたんだい、風邪を引いた、気を付けなよ。 あの話、どうなりました、駒形の絵草子屋。 何だい、そんな話が、あったかね。 二十両、ご用立てした。 何を言っているんだい、熱に浮かされてるんじゃないのかい。 何だい、二十両、私に貸した? 馬鹿も休み休みにしておくれ。 確かにご用立てしました、十日ばかり前に。 ちょいと西念さん、変な言いがかりをつけないでもらいたいね。 何、言ってんだい、二十両、あの晩、ウチで泊ったご祝儀だと思って、もらっといたよ。 西念さんが、うんと貯め込んでいるという噂で、仲間と賭けをして、持ってる方に賭けた狂言だよ。 みんなで鰻を食べた、西念さん、ご馳走様。 何だい、西念さん、私は、この家の掛かりだよ。 藤どん、乞食坊主、追い出しちゃいな。 西念は、地びたに叩きつけられて、額が割れて血が出た。 おくま! おくま! おくま、憶えてろよ!

 ポツン、ポツンと降り出した雨が、ザーーーッと滝のような降りになった。 千住の河原、西念のところは、このあたりじゃないでしょうか。 西念さんは、ウチの長屋だ、あんたは? 甥の仁吉で。 話がある、西念さんは、二十日ばかり前に十日ほど寝込んだ後、出掛けて、戻ってきたら血だらけで、額にえらい傷だった。 それから人を中に入れないんだ。 訳を聞いてもらえませんか、長屋の連中も皆、心配している。 すみません、少しですが、これで皆さんでお蕎麦でも食べて下さい。

 叔父さん、仁吉(じんきち)です。 仁吉か、心張りかってあるが、両隅を持って上下に振れば、開くよ。 開いた! 叔父さん、叔父さん、仁吉だよ。 何かあったのかい、話があって来た。 今日、御牢中を出たところで、目が覚めたよ。 俺もヤクザな稼業の足を洗って、棒振りの魚屋でもやろうと考えたんだ。 叔父さんの面倒を見させてくれねえか、親孝行の真似事をさせてくれ。 よく気がついた。 蕎麦をご馳走してやろう、ちょいと蕎麦を頼んでくるから、留守を頼んだぞ。 竹の杖にすがって、外へ行こうとして…、七輪の鍋、蓋を取って、中を見るなよ、中を見るなよ、中を見るなよ。 叔父さんも、歳を取ったな、「か組」の嘉吉って若い時は鳴らしたもんだったのに。

 油の匂いがするな、茄子かな。 見るな、見るなと言われると、見たくなるもんで、蓋を取ると、藁人形がぶくり、ぶくり。 祈り殺そうってんのか。

 見たな、仁吉。 蓋の置き様が変わっている。 もう、俺の祈りが通じねえよ。 仁吉、きっちり、片を付けてくれよ。 その野郎、どこのどいつなんだ? 小塚ッ原の若松屋のおくま、虎の子の二十両を、騙り盗られた。 こうしよう、働いて金が貯まったら、その女の所へ行こう。 祝儀をつけてもらおう、喧嘩はこっちの勝だ。 しかし、藁人形の油炒めは初めてだ、なんで、藁人形に五寸釘てえ呪いじゃねえんだ。 そりゃ釘じゃ利かねえんだ、相手の女は、糠屋の娘だ。

林家正蔵の「藁人形」前半2024/06/30 07:32

 糠(ぬか)、昔はいろいろ需要があって、ご婦人が糠袋で身体を洗ったり、落雁の半分になったりした。 神田竜閑町に、遠州屋という大きな糠屋があって、おくまという一人娘がいた。 そのおくまに男ができて、上方に逐電した。 ところが、その男が流行り病でポックリ逝った。 江戸に帰ってみると、両親(ふたおや)は亡くなり、店も人手に渡っていた。 仕方なく、千住小塚ッ原の若松屋という女郎屋に身を沈めた。 器量が良くて、育ちも良い、たちまち売れっ子になって、客もついた。 赤いもの尽くしの部屋に、白木の位牌が二つ、千住の河原から来る西念という願人坊主が、時折、経をあげてくれる。 お経料を渡すのだが、その西念が死んだお父っつあんに瓜二つなので、親孝行の万分の一、という気持になる。

 三日ばかりしてやって来た西念が、花魁、今日は晴れ晴れとしたお顔をなさってますが、何かいいことがありましたか、と言う。 実は、上方から来る旦那に身請けされることになってね、駒形にある絵草子屋を居抜きで買ってくれることになって、四十両の半金を払ってくれた。 堅気になったら、女一人だし留守番も必要なんで、千住の河原から来る西念さんは、死んだ親父と瓜二つ、家に置いておきたい、親孝行の真似事をしたい、と頼んだら旦那も承知してくれたのよ。

 三日して西念が来ると、おくまが酒をガブガブ飲んでいる。 世の中、神も仏もない、上方の旦那が、上方へ帰ったら、昨夜、若いもんが来て、絵草子屋の後金(あときん)の二十両、払ってもらいたいって、言って来た。 西念さん、あの話、駄目になっちゃった。 荒れるのも無理はない、後金二十両払えば、絵草子屋、こっちのものになるんですか?  その二十両、西念にご用立てさせてくれませんかね。 西念さん、二十両持ってるの? 持ってるんでございます。 あっしは若い時分、神田佐久間町の「か組」の嘉吉っていう纏(まとい)持ちで、人を殴り殺してしまったんです。 回状回してくれて、花会をやって、手元に二十両なにがしかが残った。 二十両は甕(かめ)に入れ、縁の下に埋めて隠した。 お役に立てて下さい。

 夜晩く、四つの鐘が打ちあがると、畳を上げ、甕を掘り起こして、二十両手拭に包んで、届ける。 手が真っ黒だ、手を出しなよ、拭いてやる。 酒の仕度がしてあるんだ、私のお酌で一杯やって頂戴、祝い酒だよ。 いいお酒だ、刺身、酢の物、焼き魚、美味しい、美味しい。 少し酔ったんで、おいとまします。 今日は泊まっていっておくれよ。 その晩、西念は、赤い蒲団で泊った。