柳家喬太郎の「拾い犬」後半 ― 2023/09/02 08:13
善吉かい、そこにお座り。 旦那様。 もう、ずいぶん経つな。 真面目で、人柄もよし、よい奉公人、いい若い衆になった。 それもこれも、白のご縁だ。 白も年取った、あれも賢いな、覚悟をしたんだろう、三、四日前、ふいといなくなってしまった。 自分から出て行ったんじゃないか。 もう会えないと思うと…。 そこんところ、了見してくれるな。 もう一つ、ウチの娘のことでな。 婿を取らなければならない、いいご縁談も舞い込む。 ああいう娘だ、あのね、好き合った同士が一緒になったほうがいいと思う。 娘に思う者があったら、世帯を持たしてやってもいいと思う、身分違いなんてことは、町人だから言わない。 お互いに思い合っているんなら、自分たちでそういうふうになれば…。 何で、こんな話をしているのかな。 善吉、方々からの縁談をどう思う。 手前は奉公人で、お婿さんをお取りになったら、必ず若旦那に仕えさせて頂きます。 もういいよ、悪かったな、仕事の手を止めさせた。
旦那様のお言葉は有難いが、この庭で、白とお嬢様とよく遊んだな。 それだけだって、身に余るものだ。 白は、この世にはいない。 奉公人だ、奉公人だ、仕事に戻ろう。 そこにいるのは、誰だ? 善ちゃん! 六さんかい、職人さんになって、行方知れずと聞いたが、いい若え衆になったな。 よかったな、今、何をしているんだ。 聞かねえでもらいたい、親父の跡を継いだが、腕は磨かなかった。 お嬢様、二つ下、いい女だ、おかみさんも好きなことをさせてやっている。 ちょいと、お転婆なところもある。 兄妹のように育ててもらった。 お前の言うことなら、聞くんじゃないか。 だから、お嬢さんを脇へ連れ出せるんじゃないか。 吉原に売り飛ばせば、百両にはなる。 半丁でも、五十両になる。 お前は、お店からいなくなればいい。 いい仕事だ、一口乗んねえ。 これでも、出来ねえか。 匕首(あいくち)は、剣呑だ。 くずぐずぬかすと、心の臓を、貫くぞ。
引っ張るのは、誰だ。 ワンワン! 白じゃねえか。 あの白か。 あの白だよ。 お前と二人で拾ってきた。 放しやがれ! ワンワンワン! 何をしやがる、手前からぶち殺すぜ。 ウーン、ウーン、そんな目で見るんじゃない。 どっかへ、行きやがれ。 ウーン、ウーン。
善の字、この白とずっと暮らしてんのかい。 お前、この白とずっと暮らしてんのかい。 いいなあ、引っ張るなよ。 匕首、仕舞う。 善公、二度と会わないよ。 あばよ。 六さん、六さん!
アッ、お嬢さん。 一部始終を見ておりました。 守ってくれたのね、白が。 白と善吉さんと、二人で私を守ってくれた。 お友達なのね、あの人、悪い人じゃないわ。 お父っつあんのところに、どんな縁談がきても、断ります。 はしたないとお思いでしょうが、善さんでなければ、私は嫌です。 お嬢様! いつか名前で呼べるようにならなきゃ、駄目よ。
柳家喬太郎の「拾い犬」前半 ― 2023/09/01 07:00
喬太郎は、しんがり、今一席お付き合いを、と。 釈台を置かせてもらっているのは、膝を痛めて正座が覚束ないので、お許しを願いますが、師匠が正座しているのに、弟子が正座しないのでは…。 国立劇場の落語研究会は、今回が最後か、国立演芸場は修業させてもらった。 かつて社員食堂があって、使わせてもらった、もちろん代金を払う。 また社員食堂、作ってくれるといい。 メニューは一般のと同じで、前座も、歌舞伎の役者も黒紋付きで、カレーライス、Aランチ、Bランチ、ラーメンなど。 国立劇場らしく、おい、日替わりランチを。 鯖の味噌煮、ささ、それでもよろしゅうございますか。
楽しみは、いろいろころがっているもので、たとえばペットを飼う。 祖父母の家に行くと、雑種だが、犬が飛んで来る。 帰ろうとすると、悲しい目をしたりして、一緒に暮らす心持になる。
この犬、長屋で飼おうよ。 無理だ、捨てておいでよ。 真っ白い犬、名前をつけた、白。 六ちゃん、飼おうよ。 長屋の連中、みな食うや食わず、食べ残しは出ない。 ねえ、飼おうよ。 どうしたい、六公、善公。 大家さん、この犬、長屋で飼いたい。 無理だよ。 旨そうだ。 冗談じゃない。 どっかに捨てておいで。 何とかならないかな。 どうだろう、どこかのお店に引き取ってもらって、飼ってもらうようにするのは。 一緒にいられないのかい。 大家さんに、任せておきな。
旦那様、お話が…。 なんだい、番頭さん。 実は、ここんとこ二三日、風体の良くない男が、お店を覗いている。 お嬢様を、勾引(かどわ)かすんじゃないかと、店の奥を見ているんです。 番頭さん、いないよ。 泉水桶の陰から覗いているんで。 子供じゃないか。
そこの坊、こっちへお入り。 こんにちは。 何で、店の奥を覗いているんだ。 会いたい人がございます、一緒にいたい。 旦那様、お嬢さんの勾引かしです。 お嬢さんじゃない、白に会いたい、白と遊びたい。 ウチの犬かい、観音長屋の大家が連れて来た。 おいらに返してください。 気持はわかるが、大家さんから十両で買ったんだよ。 エッ、あの爺イ。 坊、いい目をしているな、家の仕事は継がなくていいのか。 よかったら、ウチで奉公してみないか。 名前は、善吉君か。 番頭さん、小僧の手が足りない。 白と一緒になれるんなら、奉公します。
三遊亭笑遊の「祇園祭」 ― 2023/08/31 07:23
笑遊、この会では初めて、ずいぶん前に東京落語会で一度聴いたことがあった。 きれいな空色の着物。 奈良へかみさんと二泊三日で行った、春日大社、興隆寺(興福寺か)、奈良公園。 放してある鹿を大事にしている、鹿せんべいをやる。 お寺回りをして、大阪へ、倅がいるので食事会。 江戸っ子は、生涯に一度、お伊勢参りをした、二か月か三か月かけて。
江戸っ子の三人旅。 一人が肉刺(まめ)が出来て痛いと言うのを、馬方が笑っている。 何が面白い、寄席じゃないが木戸銭払え、江戸っ子だよ。 そうだ、ポンポンと言ってやれ。 あそこで兄ィが待ちぼうけだ、恐い顔してる。 ケツまくって、藪に飛び込んだぞ。 おい梅公、紙、持って来い! 何だ、それか。 梅公が足に肉刺つくって、ぐたぐた言ってる。 ここは粟田口、京まで目と鼻の先だ。 夏の旅だ、湯を探して、こざっぱりして、東男に京女といこうじゃないか。 ついて来ねえ。
京の町、四条河原町の宿から、女郎買い、こちらでおやま買い、お耳を貸しておくれやすって、京の女は最高だ、あっという間に路銀が無くなる。 弟分の二人は江戸へ帰り、兄貴分は京に伯父さんがいるので残ることに。
京の夏は、祇園祭。 梅村屋の二階で見物することになったが、伯父さんがドタキャンして、伯父さんの友達なる人物とやってくる。 江戸の兄はん、まあ一杯どうぞ。 旦那、ごちになります。 薄い酒だ。 京の伏見といえば酒どころ、京は王城の地、日本一、アッアッアッーーッ、日本一の土地柄やさかい。 若い時分、江戸へ走った、賑やかだが、ゴミゴミ汚い、人もちょこまか、犬はバリする、武蔵国の江戸でなく、ムサイ国のヘド、アッアッアッーーッ。 いい加減にしてもらいたいね、住めば都というけれど、江戸の悪口はやめてもらいてえ。 京は王城の地、日本一、京の人間は、こないだの火事といえば、応仁の乱や、江戸の人間は、東夷(あずまえびす)の田舎者だ。 日本一は、桃太郎のキビ団子だ。
山鉾、長刀鋒……、祗園囃子も上品でっしゃろ、「コンコンコンチキコンチキチン、ヒューリヒューリトッピッピ」。 何言ってやがんでえ、江戸の祭、神田祭、威勢のいいのは江戸の囃子だ、ショウデンてえのは将軍様の昇殿なんだ、「ドドンドン、オヒャリヒャートロー、ヒャートロ、ドドン!」「テンテンテンテン、スケテレツク、テンツクテンツク、スケテンテン、ピィーーッ、ドッコイ」とくらあ。 京の神輿は、「ホラサ、ヨーイヨイ」。 江戸の神輿は、「ワッショイ、ワッショイ」だ。 ツバキの飛ぶ神輿やな。 兄はん、御所は見物しましたか、紫宸殿のお砂を握ると瘧(おこり)が落ちる。 何言ってやがんでえ、江戸城の大手の砂利をつかんでみろ。 瘧が落ちますか? いや、首が落ちる。
柳家さん喬の「応挙の幽霊」後半 ― 2023/08/30 06:58
(ドロドロ、ドロドロと太鼓が鳴る)寒気がした。 思えば、かみさんと暮らしていた時なら、半纏かけてくれた。 一人で長いことやって来たが…、律儀な男、思えば、思えば、この性(さが)。 ヨーヨー! 誰かいるのか? 隙間風か。 今頃は半七さん、どこでどうして。 ドウスル、ドウスル! 誰かいるのか? 何だ、お前は。 今晩は! あの床の間の掛軸から出て参りました。 アッ、エーーッ、不思議なことがあるもんだ。 お描きになったお方は、丸山応挙というお方。 九十円では安い、二百円位でもよかった。 相当、お儲けになった、そう欲張ってはいけません。
一言お礼が言いたくて、出て参りました。 お聞き下さいませ。(鳴り物が入る) 私が生まれたその時は、きれいだといわれた。 ハナは大事にされたのに、お内儀とお子が気持悪いと言い出して、くるくると巻かれて箱の中、そして蔵の中、水一つ手向けてくれる人もなく…。 酒と肴、お線香にお蝋燭、本当に嬉しいことばかり。 出たくて出られぬ軸の中、丑三つの時を合図に、出て参りました。
お礼の印に、お酌をしたい。 (幽霊の手付きをして)この徳利、好みです。 妙な持ち方だな。 幽霊の規則に反するので、手の平は見せられない。 ああ、旨い。 ご返杯。 ほんに、美味しい。 いける口だな。 少しは…。 この盃で。 オウ嬉しい、オットット。 盃は重ねるものと聞いております。 駆けつけ三杯という。 強いんですね。
お礼に、歌でも。 幽霊さんの歌か。 はい。 ユーレイ、ユーレイ、ユーレイチーー! 都々逸はどうだ。 ♪あなたの優しい心に惹かれ、出て来た私が恥ずかしい。 ♪三途の川でも竿差しゃ届く、何故に届かぬ我が想い。 ♪針の山――ッ、お酒飲む人、花ならつぼみ、今日も酒々、明日も酒。 エー、ドンドン! 大丈夫か、シャックリしてるけど。 何、言ってやがる、この野郎、どんどん注げ。
幽霊さん、幽霊さん! いなくなっちゃった。 掛軸の中で、真っ赤な顔して、寝ちゃったよ。 幽霊さん! 面倒くさい、ほっといてよ。 起きて、起きて。 うるさいね、寝かしときな。 いつまで、寝かしときゃいいんだ。 明日の、丑三つ時まで。
柳家さん喬の「応挙の幽霊」前半 ― 2023/08/29 07:11
さん喬は白い着物、薄茶の羽織。 缶詰がいっぱい並んだのやマリリン・モンローの絵を美術館が高額で購入する。 絵の評価は、感情や感覚の違いなんだろう。 落語も、素直な気持で、嫌でも横を向かずに、聴いてもらいたい。 それぞれ、いろんなジャンルがある。 絵は、ご趣味の極みなんだろう。
道具屋が、二三度顔を出したと、旦那様によろしく伝えて下さい。 仕入れた幽霊の絵、これで、かかあの七回忌の法要が出来る。
ごめんよ。 旦那ですか、今日旦那の所へ伺いました。 お茶は、いいよ、不味いから。 面白い、いい品物があると聞いた、見せてもらおうか。 幽霊の絵が見つかったんです。 掛けてみます。 こりゃあ、いい、顔も楚々としていて、現世の怨みが残っている、きれいな幽霊だね。 誰の? 丸山応挙かと思います。 贋物でも、よく描けている。 下の方に白くしなだれているのは何? 萩の花で。 いいね、幾ら? 百円ですが、九十円で。 値もいいね、九十円、九十円、九十円か、買うよ。 今は金がない、五円ある、これは手金で、明日絵を届けてくれ、何時でもいい。 これは、いい絵だ。
売れたよ。 ありがてえ、今朝、市で五円で仕入れてきた。 損はしないよ、かかあの七回忌もできる。 酒と肴、買っといたんだ、うまいもんだ。 こういう時は、幽霊さんのお蔭だから、床の間に飾ってあげよう。 きれいだ。 お酒を差し上げよう。 浅利と牛蒡の佃煮。 線香立てと蝋燭。 お宗旨がわからない、ナンマイダー、ナンミョウホウレンゲキョウ、オンアボキャベイロシャノウマカボダラ、アーメン!
最近のコメント