桂二葉の「仔猫」中 ― 2025/10/01 06:58
店の者たち、お鍋の一件、知らんか? 十日ほど前、宵に雨が降った陰気な晩、夜中に手水へ下駄を履いて行った。 窓の外に、月が出て、雲がかかっている。 気張っていたら、三番蔵で動くものがあって、賊かと見ると、飛び出したのは身の軽いお鍋だ。 ギョロッと月を見て、嬉しそうに「ヒッ、ヒッ、ヒィーッ!」と笑った。 ワーーァ!! 恐い、恐い! びっくりして、寝床に戻って、尻拭くのを忘れた。
実はなあ、と番頭も話し出す。 おとついの晩、手水の帰り、お鍋の部屋に灯りが点いている。 何ぼお鍋でも若い女の部屋や、どうしようかと思っていると、障子が少し開いていた。 覗くと、お鍋が鏡台の前で、蝋燭二本立てている。 鏡に映ったお鍋の顔、両方の耳がピッと立って、口が耳まで裂けて、血のりがベターーッ、さもうらめしそうな声で、「ヒッ、ヒッ、ヒィーッ!」と笑った。 ワーーァ!! 恐い、恐い! 何でそんな恐い話ばかりするねんな、今晩はお便所へ行けん、オマル抱いて寝るわ。
旦那さんが、何、騒いでるねん、早いこと寝なはらんか。 番頭さん、わしの部屋まで来てくれんか。 後ろを閉めて。 お鍋のことじゃが、わしも気が付いている。 昼間はよく働くが、夜が更けると、二重三重の締まりを越えて出て行く。 暖簾にかかわるので、明日、いなしてやるように。 ただ「いんでくれ」だけでは、本人も得心がいかんやろと思います。 明日、ご寮ンさんの芝居行きに、お鍋をお供に付けて、その留守にお鍋の荷物を調べたら、何かおかしな物が出る、それを潮に暇を出すことにしたら…。
翌日、大きな葛篭(つづら)一つ、お調べを。 番頭さん、鍵がかかってる。 錠前、なんでもないことで…、トントン、旦那はん、この通りで。 おまはん、錠前ねじ切るの上手やなあ。 こんなもんの二つや三つ。 五年前やったか、三番蔵の錠前がねじ切られたことがあったが、あれおまはんと違うか?
衣装持ちですな。着物、帯、普段と外行きと、どれも見覚えがある。 一番下の着物、妙な臭いがする。 やめとこうか。 その一枚を、取ってみると、何の獣か毛皮で、赤や白やら、黒やら。 いろんな毛皮が、血みどろになって…。 ワーーァ!! バタン! 痛い、痛い、旦那はん、何しなはんねん、わたいまだ手を置いているのに、蓋しよって、指がちぎれた。 一本、二本、三本、四本、五本。 右も、六本、七本、八本、九本……、十本あった! 芝居から帰ったらすぐに、お鍋に断わりを言っておくれ。 堪忍しておくれやす、こんな恐ろしいものを持っている女、暇出す言うたら、喉笛に噛みつかれます。 ご勘弁を。 馬鹿なことを言いなさんな、お前さんの役目じゃないか。 では、腕の立つ者を五、六人、助太刀にお願いします。
桂二葉の「仔猫」上 ― 2025/09/30 07:05
唄の入る出囃子「いっさいいっさいもん」で出た、桂二葉は、紫の着物、白い帯。 落語研究会は、何度かと言ったけれど、実は三回目(2023.8.21. 第662回「天狗刺し」、2024.9.5. 第675回「向う付け」、2025.4.16. 第682回「がまの油」は休演で、同じ出囃子の入船亭扇橋が代演した)。 その4月の休演を謝った方がよかったと思うけれど、675回で権太楼師と一緒になって、すれ違った時、「遊んでね」と言われた、楽しんでのエールだと思ったが、私と遊園地でも行きたいのかとも、と始めた。
船場のさるご大家、夕暮れ時、田舎から出てきた女子(おなご)、ちょっくら、お尋ねします、横町(よこまち)の人置屋、口入屋から来たが、行き方がわからぬ。 書付がある。 ここに、ウチとこと、書いてある。 おぬしとこか。 もっちゃりしとる女衆(おなごし)だな。 ウチとこも、女衆を頼んでおったのだが、実は、他の口が決まった。 帰れって、言うか、ワシは収まらんで。 帰れって、言われても、口入屋のある所がわからん、誰ぞ口入屋まで送って行ってくれ。 定吉っとん、この女衆を口入屋まで送ってやって。 こんな小まげなのはいかん、そこの大きいのん、五、六人で送ってんか。
表が騒がしい。 女衆が? 女衆のことなら、店でなく、こっちに入んなはれ。 ご寮ンさんですか、わたしお鍋と申しますで、何分よろしくおたの申します。 他に頼んである口もあるけれど、ウチはこうして人がぎょうさんいるさかい、女衆の一人や半分増えたかてかめへん。 でもウチは給金が安いで、半季で一両だけど、あんたかめへんか。 はーい、ご寮ンさん、わたし給金欲しさの奉公ではございません、おらの村のドンドロ坂に茂左衛門というのがおって、その息子に茂吉というのがおるが、おぬし知っとるか? あんたと初めて会うのに、そんな人わかるかいな。 その茂吉が、「これお鍋、われがような者が大阪で三日でも奉公が勤まったら、立てた柱に花咲かす」と、こきおった。 わしゃ三日はおろか一年が三年でも五年が十年でも奉公ぶって、立てた柱に花咲かしてもらうのを楽しみに思っとるで、給金は一両が二両、五十両が百両でもかまやせん。 誰がそんなにぎょうさん出せますかいな、まあそれが承知なら、いてみなはれ。
このお鍋、見かけによらぬ働き者で、気が利く。 仕事を探して、働く。 上から下まで、襟垢のついたものがなくなった。 ある日、早く片付けが終わったのだが、お鍋が手伝ったからで、えらい力、化け物みたいだ、と。 見かけによらぬ、いい女子(おなご)、汚れた足袋を捨てようとすると、勿体無いまだ履けるじゃと、きれいに洗って、繕ってくれた。 情があって、親切、やることがきれい、言葉は汚いけれど…。 汚れたふんどしを、押入れに隠しておいたら、これじゃろうと、きれいに洗って出した。 そこで、横町のボテ屋の女衆とウチのお鍋、嫁はんにするとしたら、どっちにする? という話になった。 ボテ屋の女衆は、町内一の別嬪や、ウチのお鍋とくらべたら、殺生や。 わしゃウチのお鍋にするな。 お前、えらい茶人やな。 ボテ屋の女衆は、塗りの重箱、縮緬の風呂敷、開けてみたらしょうもない、食うても旨まない。 ウチのお鍋は、欠けたすり鉢、鍋のふた、ふたにほこり一つついてない、ふたを開ければ、ご馳走や。
柳家小里んの「碁泥」 ― 2025/09/29 07:03
小里ん、風貌が志ん生に似て来た。 凝っては、思案に能わず。 碁将棋に凝ると、親の死に目に会えないという。 以前、夏場はよく縁台将棋をやっていたものだ。 ヘボ将棋、王より飛車を可愛がり。 王手飛車取りで、逃げる。 なんだ、王がいないぞ。 取られるといけないので、懐に入れている。 助言するのがいて、気が散る。 見物の檄に従うヘボ将棋。 香車、もっと離して打て。 歩で、角道を開けろ。 筋違いか、桂馬で王手といけ。 銀で取って、上がってきたね。 手は、歩ばかりか、歩で王手だ。 二歩か。 初めから、やり直せ。
三、四、五目、お前、もう勝ってるじゃねえか。 本碁だよ。 ホンゴも、下谷もない。 お前、黒石の係か、どうせ、この家で借りてんだろう。 黒の隅が危ねえな。 危なくない、目があるんだ。 隅が危ねえ、ほら、落ちた。
実は、碁が打てないことになりまして。 明日は、打てますか。 明日も、明後日も、しばらく、あなたと打てなくなった。 家内から、苦情が出た。 昼間は商売を一生懸命やって、碁は夜、仕事を終ってから打つ、時間が来れば止めている。 いつもの八畳間の敷物を上げて、びっくりした、畳に焼け焦げだらけ。 碁を打っていて、夢中になると、煙草の火玉が畳に転がっても、気付かない。 危なく火事になるところだった。
何か、いい考えはないか。 お宅の庭の池の中でやりましょう。 冷たいよ。 八畳敷のトタンを敷いて、今日だけ池でやろう。 碁盤の脚に紐をかけて、首から下げる。 暗いでしょう。 お互いに、提灯を持つ。 提灯を左手に持つと、煙草が喫えない。 鉢巻きに、蝋燭二本立てるか。 よしましょう、池は、駄目だよ。 煙草を喫わないで、打つというのは、どうだろう。 一局、二、三十分、次の間で、お茶、煙草を目の回るほど呑む。 煙草は煙草、碁は碁。 それで、お許しが出た。
煙草は煙草、碁は碁、それはいい。 あなた、打つ手が厳しいね。 本かなんか、読んだね。 覗き煙草、つなぎ煙草、切り煙草。 えらいとこだな、大事なところだ、これ。 懐に、手を入れて、弱ったな、と火を探す。 「おい! 煙草盆が、来てないよ!」 (おかみさん)お清、火を入れないで、煙草盆だけ持って行きなさい。 縁側の色の赤いカラスウリを二つ三つ、煙草盆に入れて、それを持ってきな……。
持ってきたか、あとを、ちゃんと閉めて。 火が着かない。 パ、パ、パ、パ、おかしいな。 おかみさんと女中は、湯に行った。
泥棒、荷物をかついで逃げようとしている。 盤先の音、やってる二人に輪をかけて、碁が好き。 聞こえてるよ、どこかでパチン、パチン。 いい石だ、いい盤だ。 ちょいと、拝見したい。 この部屋か、誰もいないよ、煙草の仕度だけだ。 その向うだ。 ここだ、ここだ、次の間かい。 贅沢だねえ。 (覗くと)やってる、やってる、いいねえ、盤は厚みがあるし、石もいい。 ちょいと、どんな具合か拝見、互先だな。
あそこの石が、せめぎ合いだな。 大事なとこだよ。 そこに置いちゃ駄目、少し離して、打つ方がいい。 見ているのはいいが、言っちゃあいけません。 岡目八目、助言は無用。 見かけない人だなあ(と、石を打つ)。 見かけない人ですな(と、石を打つ)。 大きな荷物だねえ。 私も、大きな荷物だねえ。 駄目、そこ埋めたって、つまらない。 何か、言うな! お前さんは、いったい、誰だ、といく。 お前さんは、いったい、誰だ、といく。 泥棒です。 泥棒はよかったね。 泥棒さん! 泥棒さん! ハッハッハ、よくおいでだね。
橘家文吾の「磯の鮑」 ― 2025/09/28 07:47
9月22日は、第688回の落語研究会だった。 会場が国立劇場小劇場から出て以来、お仲間と天ぷら屋で会食してから出かけることが出来なくなっていたが、久しぶりによみうり大手町ホール近くの博多うどん屋で4人集まることができた。 その間に亡くなったYさんに献杯する。
橘家文吾は、濃紫の着物に、薄紫の羽織、こんな立派なホールで、スマホや音の出る電子機器は電源を切ってと、アナウンスがあって、と始めた。 噺の途中で電話が鳴るのは、慣れっこになって、日々鍛錬している。 池袋演芸場、地下で電波が入らないはずなのに、スマホが二回鳴った。 係に聞いたら、客席だけ電波が届くんです、すみません、と。
先日、初めて海外へ行った。 スコットランドのアイラ島、ウィスキーの聖地、かみさんが詳しいんで、全部任せて。 飛行機で、エディンバラから入るんで、エディンバラぐらい、あんたが調べなさいと、言われた。 調べると、『ハリーポッター』の執筆者J・K・ローリングがシリーズの執筆活動をおこなっていた「ハリーポッター生誕の街」で、作中に登場するダイヤゴン横丁、その近くにはポッター、マクゴナガル、ムーディ、スクリムジョールの墓もあることがわかった。 地図を開いて、かみさんに見せると、「豊島園じゃねえか、ここ!」
町内の若い者が集まって、遊びに行く話をしている。 与太郎、遊びが好きか。 独楽、かくれんぼ、鬼ごっこ。 女遊びだ。 おままごとか。 吉原の女郎買いだ。 吉原へ行くと、スッテンテンになるだろう。 損する一方で、儲かることがある。 きちんとした師匠について、今日がある。 隣町の鶴本勝太郎という隠居が「女郎買いの師匠」だから手紙を書いてやる。 取次が出て来るから、熊五郎に言われて来たと、手紙を出す。 どうせ師匠が、いいからお帰りというから、どうしても帰らない、二三日おまんまの支度をしてきた、と言うんだ。
与太郎、「儲かる女郎買いの師匠」はこちらでと、やってくる。 何ですか? 取次の者に手紙を渡す。 鶴本勝太郎は、手前です。 ただのお爺さんだ。 先生、熊さんに言われたんで来た。 儲かる女郎買いを教えてもらいたい、手紙に全部書いてあります。 無駄に字がきれいだ。 あんた、熊さんに担がれたんだ。 いいえ、自分で歩いて来た。 二日でも、三日でも動きません。 首っ玉に巻いた風呂敷に、お鉢と、梅干も入っている。
じゃあ、覚悟と情熱を見込んで、教えてやろう。 こざっぱりした形(なり)をして、下地に一杯飲む。 ヤマサかキッコーマンで。 醤油じゃない。 大門の灯りがポッと点いた頃に、大門を入るんだ。 ギュウというのが出て来て、世話を焼くから、向う脛を蹴飛ばす、口でからかうんだ。 「いかがですか」と聞くから、「お屋敷は本郷、いかが様は百万石」とでも言えば、「遊び慣れていらっしゃる、お登楼(あが)りになりますか」。 「登楼ると、富士のお山が見えるかい?」、「よく見えます」。 履物を揃えて脱ぐと、梯子段をトントントンといっぺんに登るんだ、途中で止まらないという縁起だ。 ひきつけ部屋で、若い衆が「初回ですか?」、「初回だよ」。 どの妓がいいですか。 三枚目の煙草盆を引いてくれというと、女の子が上がってくる。 すぐ、おしけだ。 はばかりに立つ。 花魁に手伝ってもらって、着替える。 煙草を一服喫って、花魁の胸をえぐるんだ。 相手の女をいい心持にさせるんだ。 花魁のことはよく知っている、一年前に見て岡惚れでね、磯の鮑の片想いだった、と言って、膝をつねるんだ。 ずいぶん可愛がってもらえる。 それが吉原で儲かる法だ。 早速、行ってまいります。
与太郎、土煙をあげて、駆け出して行った。 お酒、お鉢、梅干、忘れてきた。 ねえ、ギュウ、お前ギュウだね。 いい目をしている、いいから世話焼きな、と膝を蹴飛ばす。 お邪魔します。 登楼って来たよ。 ダダダダッと、梯子段を上って、ひきつけ部屋、初回だよ。 三番目の煙草盆を引いてくれ、あなた、見てないでしょう。 見ていなくても、三番目のだ。 はばかりに行く。 女の子、まだ来ていねえ。 花魁の部屋、お寝間着、お手伝いします。 忘れ物があるだろう、パッパッ。 煙草で。 さあ、一服しなんし、と煙管を差し出す。 俺は煙草は喫わない、ハハハ。 モテのもとだから、胸をえぐるぞ。 花魁のことを知らなかった。 わちきも知らなんだ。 一年前からずっと、表に立っていた。 伊豆のワサビの片想いだ。 女の子の、膝をつねる。 痛い、痛い! 今ので、涙が出たよ。 伊豆のワサビが効いたんだ。
「地獄に落ちても、落語と心中なら本望だ」 ― 2025/09/27 07:08
日之出荘の部屋。 菊比古は助六に、「一人の方がいい、助といると楽しい、楽なことはない。でも手前の落語と向き合えない。私はお前さんとは違う。お前さんといて、どんだけ苦しいか(と言い、助六の顔を叩く)。落語は好きなのは、変わらない。客に受ける噺がしたい。」 助六は、「俺は、客に合わせて変える。変わらない落語は、お前さんの仕事だ。二人で新しい落語をつくり続けるんだ」。 菊比古は、「みの吉を忘れ、手前の落語に打ち込みたい」。
雨竹亭、7月1日「納涼落語会」。 お栄が、みの吉に「行かなくていいのかい、菊さんの大きな日だろう」と。 みの吉は、駆け出して行き、雨竹亭の前で倒れる。 助六は「死神」、菊比古に「地獄に落ちても、落語と心中なら本望だ」と。 楽屋で協会会長(辻萬長)は、八雲に、「まくら、なしかい」と。 テンポがよくて、客に受ける。 菊比古は、「助、俺にはできねえ落語だ、これが私の心底欲した落語だ、助、やんなさった」。
昭和30年春、二人の真打披露、三本締め。 協会の会長は、八雲のツラをつぶすといけないからと、二人同時の昇進を認めた。 だが、助六は披露目で毎日違うネタをかける。 そして、八代目八雲になるために生きてきた、と。 ついに会長の十八番、「居残り佐平次」を始めた。 喧嘩、売ってやがる。 会長は、席を立つ。 スピード感があり、明るい佐平次、助六は大受け。
真打披露目の夜、菊比古は、けじめを付けなければならないことがあると、みの吉に会う。 「いくらでも、責めてくれ、一晩それを聞きに来た、殴るなりなんなりしてくれ。」 「そんなこと、出来っこないわ、田舎に帰ろうかな、爺イの妾にでもなって、一人で生きなけりゃあ。」 「居場所は、自分でつくるものだ。」 「絶対に、復讐する。死んだら、化けて出るから、今度会う時は地獄で。」
七代目は、助六に、「会長の前で「居残り」をかけるなんて。落語を壊すな。」 「落語を壊すんじゃない、変えるんだ、師匠の落語は…。」 「八雲の名は、菊にやる。幹部会にも話してる。品のない野郎にやれる名前じゃない。帰えれ! この際、破門してやる。手前で勝手に生きろ!」
夜桜の下に、みの吉と助六。 「ねえ、桜っていつも、いつの間にか散っちゃうんだよね。私、振られちゃった! 何があったの、話をきいたげる。」 二人は、抱き合う。
最近のコメント