柳家さん喬の「鼠穴」前半2024/11/29 06:57

 出世する、故郷に錦を飾る、アメリカンドリームとか、大きな旗を上げる方がいる。 旦那様、竹次郎様という方がお出でですが、ご存知ですか。 弟だ、オラが弟だ、こっちゃ呼べ。 久しいのう! 兄さ、無沙汰してます。 便りのないのは、いい便りだ。 頼み事があって、参りました。 オラのこと、使っちゃあくれねえか、奉公させてくれねえか。 どうした? 何があった? 兄さは江戸に出る時、父っつあんの田地田畑を半分くれたのに、オラは悪い仲間と付き合って、茶屋酒を覚え、人手にわたってしまった。 奉公して銭を貯め、父っつあんの田地田畑を取り返したい。 竹、奉公するということはな、稼いだ金は店のものだ、御主人のものだ。 百両稼いでも、一分もお前のものでない。 自分で、商売をやれ、元はいくらでも貸してやる。 ほんとかね。 おう、ちょっと待てや。 待たしたな、これに元が入っている、無駄遣いするな。 有難ね。 竹や、身体、気を付けてよ。

 村の衆は、兄さのこと、よく言わねえ、江戸で店に行っても茶一つ出さない、と。 いくら、貸してくれたのかな。 三文だ。 落としたわけでねえ。 三文べえで、何ができる。 村の衆の言う通りだ。 二束三文という、こだな銭! 待てよ、地べた這っても、三文の銭は出て来ない。 兄さ、見返してやろう。

 米屋の前を通ると、小僧が俵(たわら)をつぶしている。 サンドラボッチをもらい、ほどいて、緡(さし)をこさえる。 緡を売ると六文になり、さらに十二文、二十四文となった。 四十八文になると、米俵を買い、草鞋(わらじ)をこしらえる。 それを商売の元手にして、アサリ、シジミを売って歩く。 納豆を仕入れ、豆腐、生揚げ、がんもどきを売る。 夜は、鍋焼きうどんや、そばを売り、泥棒の提灯持ちもやった。

 夢は五臓の疲れという。 十年で蔵前に店を構えて、竹次郎は主人となった。 お加減はいかがで。 番頭さん、一両べえ、包んでくれないか。 せめて、三両は手土産に、暖簾にかかわります。 そうか、暖簾があるかね、別に三文包んでくれ。 お光、伯父様のところへ行ってくるで。 番頭さん、土蔵の鼠穴は、目塗りをしておいてくれよ。 いってらっしゃい! いってらっしゃい! 大勢の奉公人に送られて、竹次郎は出かけた。

 旦那様、竹次郎さんがみえました。 久しいのう。 無沙汰してやす。 十年前、兄さに借りた商売の元を返しに来ました。 ここにある。 三文、間違いない。 手土産代わり、これで好きなものを食べてもらいたい。 竹よ、えけえもんだね。 十年で、三文が、三両の利子付けて、帰ってきた。 おらんとこ、恨んでるべえな、竹。 あの時のお前に、いくら貸しても無駄だった。 竹よ、すまなかったな。 たった一人の弟に、三文ばかりの銭、鬼かもしれん兄貴を許してくれ。 兄さ、ありがとうねえ。 三文、叩きつけることだけを考えて、生きてきた。 ありがとね。 もう、ええな、すぐ支度してくれ。 兄弟は、盃を重ね、話は尽きることがない。

 おら、これで帰えるべえ、今度は子供を連れてくるから。 今晩は、ここさ泊まって行け、蒲団出して。 おら、土蔵の鼠穴が心配で、火事になったらと。 そうだなこと、心配ぶつことはない、お前んとこが、丸焼けになったら、この身代をお前にくれてやる。 泊ってけ、二人でゆっくり話をしよう。

春風亭一之輔の「館林」2024/11/28 07:06

 お寒い中、お越しいただきまして、見渡すと私より若い方はいらっしゃらない、本日のトリが最後に聴く噺にならないように、お気を付けください。 よみうり大手町ホールでTBS落語研究会、ねじれ現象で、楽屋に産経新聞が置いてあった。 高倉健の展示会、「しあわせの黄色いハンカチ」のポスターに、黄色いハンカチがはためいていて、完全な「ねたバレ」。 結末がわかっていても、経過を楽しむのだろう。 高倉健の映画を観た人が、肩で風を切って映画館を出たというが、学生の頃、立川談志を聴いた人が、肩を下げ、口をまげて、出て来ていた。

 職人の憧れは、武士だった。 幕末、「太平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず」の頃のこと。 ちはーーっ、先生いますか。 八っつあんか。 稽古はどうでもいい、聞きたいことがある。 𠮷公に、道場でヤットーの稽古をしていると言ったら、湯で笑うんだ。 町の道場で、膝や腰の痛い、くたばり損ねの爺いに、習ってどうするんだって。 斬るぞ、誰に向かって言ってるんだ。 吉公は、ムチャシュギョウに出ろ、と。 武者修行だろう。 真剣でないと、腕が上がりませんか。 一理あるが、お前さんは、まだウチにいろ。 弟子が三人、あっしと、大八車で嫁さんが運んでくる、孝右衛門さん九十七に、今年六つの子供だ。

 若い頃、上州館林に行った。 盆暮にうどんを送ってくれる、名物のない所の名物は、たいていうどんだ。 館林には、狸で有名な分福茶釜の茂林寺がある。 兎が狸の背負った薪(たきぎ)に火をつける話でしょう。 それは、かちかち山だ。 一軒の造り酒屋があって、人だかりがしている、賊が入って、蔵の中に逃げ込んだって、いうんだ。 手代が斬られたというので、わしは、このあたりの者ではない、武者修行の旅の途中だ、わしが助太刀をしてやろう、というと、御膳が出た。 御膳? おまんまだ。 召し捕ろうという、礼儀だ。 白米、御付に、奈良漬。 わしは、腰のものを脇に置き、刀を持たんで、空の俵(たわら)を投げ込む。 相手が刀を振り上げるところに、ヌーーッと首を出す。 相手がひるんだところで、間を詰めると、捕まえて、投げた。 いいことを教わった、有難うござんす、帰ります。

 酒屋の伊勢屋のまわりに、人が集まっている。 喧嘩だ、髭面の年寄侍が、若い侍に議論をふっかけて、決闘いたそうとなった。 爺さんを峰打ちで倒すと、若いのが店の中に飛び込んだ。 伊勢屋の大将は、頭を抱えている。 助太刀――ッ! 助太刀――ッ! どいて、どいてよ! 親父、大変そうだな。 八公かい。 なぁ、俺が助太刀しよう。 ヤットーを稽古しているんだってな、大丈夫か。

 いやいや、わしが助太刀してやろう。 わしは、このあたりの者ではない。 真裏に、住んでるんじゃないか。 ムチャシュギョウの旅の途中だ、御膳を持てよ。 飯だよ。 裏の糊屋の婆さんに頼んで、飯を。 御付も、持てよ。 奈良漬はどうした? お新香はない。 奈良漬、買って来て。 この野郎、何やってんだ。 わしは、腰のものを脇に置き…(と、裾をからげる)。 おケツ、出ちゃってるよ。 俵、持って来て。 空の俵を投げ込むんだ。 中に、丸聞こえだよ、大丈夫か。 シーーッ!

 ヒャーーッ! 俵を投げ込む。 本当にいるの。 もう一ケ、俵を投げ込む。 ヒョイと、首を出す。 サッ、と斬られた。

 首が落ちたぞ。 八っつあんだ。 転がっている首を拾って、「八っつあん、大丈夫か?」 「先生、嘘ばっかり!」

古今亭志ん輔の「今戸の狐」本編2024/11/27 07:11

 乾坤坊良斎という物を書く噺家の弟子で、筆の立つ良助という男、どうしても作者だけでは食えない。 当時大看板の可楽師匠の弟子になりたいと出かけた。 ごめん下さい。 おれ、内弟子の乃楽。 師匠、弟子になりたいそうで。 噺家も食えないよ。 覚悟の上で。 内弟子が多いんで、通いでもいいなら…。 食う寝る所はあるのか、親元じゃないんだろう、あきらめた方がいい。 何とかします。 中入りに籤を売る。 明日っから、来な。

 良助、中入りの売り子を始めた、金平糖の籤、布袋とか、大きな鯛とかが当たる。 当たったよ! エッ、そんなはずはないですよ。 どれでも好きなものを持って行って下さい。 泣くなよ。 師匠のところで、飯はいい。 橋場に住み、師匠に内緒で、今戸焼の人形をつくる手内職を一生懸命にやる。 狐の人形に色付けをする。 引き窓の下に、掃き出し口があって、そこから見えるお向かいが重さんという荷商いの背負い小間物屋の家、かみさんは千住(コツ=小塚ッ原)の女郎上がりというが、一生懸命に働く。 コツの妻(さい)はいい。 洗濯ものを干す。 両方の引き窓が開いている。 わたしもやらしてもらおう、良助さん、いいことやってんだね、内職。 師匠には内緒で、破門になる。 見ちゃった、私もやりたい。 どうぞ、どうぞ。 両方に卸してもらうことにした。

 三笑亭可楽、八丁荒しといわれた人気者、夜、帰って来ると、前座が動き出す。 いろいろな話を聞かせる、弟子たちは半分、早く寝てくれないか、と思う。 それから中入に売った籤の上がりを勘定していた。 やくざの半下が通りかかって、チャラチャラ小銭を数えている音がするのを聞いて、可楽ん家でやってるじゃないか、明日、いたぶってやろう。

 師匠に取り次いでもらいたい。 ご用は? お楽しみだね、「狐」じゃないか、できていましょう。 素人だって、やっていて楽しいだろう、顔を出した時、融通してもらえればいい。 何かの勘違いだろう、博打は嫌いだ。 ここで「狐」ができてんのは、よく知ってるんだ。 すると、弟子の乃楽が、出来ているんですよ、橋場の良助がこしらえてる。 あっちへ行ったほうがいい。 のべつ、こしらえてる、暇さえあれば、やってる。

 いろは長屋、橋を渡って。 可楽ん所から、来た。 ちょっと待って下さい。 良助さんだね。 「狐」やってるね。 馬鹿なことを、言うんじゃない、師匠は知らない。 乃楽に聞いた。 俺が来た時、ちょっとこしらえてくれればいいんだ。 どのくらいで。 ちょこっと、できたら二十とか、五十とか。 言ってくれれば、どうにでもなる。 どんどん言って下さい。 顔が揃うのかい。 近頃、ずいぶん揃うようになって。 面白くなるだろう。 とっとこ、とっとこ、背に腹は代えられない。 そうかい、そうかい。 顔の大きいのも、小さいのもある。 金張り、銀張りなんてのもある。

 見ますか。 多い時は五十とか、百とか。 これが、大きい方、小さい方。 これが、金張り、銀張り。 何だ? 「狐」。 俺が言っているのは、「コツのサイ」だ。 「コツのサイ」なら、お向かいのおかみさんでございます。

古今亭志ん輔の「今戸の狐」まくら2024/11/26 07:00

 エーーーッ、まあ、そういうことで……、最近しゃべってんのが面倒になって、と志ん輔。 終活の前に、断捨離をしようかと思っているが、一つ捨てると、三つ増える。 革ジャンが出てきた、三十四、五、六年前、アメリカがオリンピックのバスケットでソ連に負けた、ソウル大会、次の大会は勝たなきゃあいけないってんで、バルセロナ大会、プロも出した。 オリンピックは、アマチュアの祭典だったはずなのに。 ドリームチーム、マイケル・ジョーダン、ロゴがザーーッと赤白青でU・S・Aと入っている、このグッズが飛ぶように売れた。 渋谷を歩いていたら、そのジャンパーがあった、革がいい、柔らかい。

 文楽師匠が、ふぐ鍋をやる、五、六人で酒を飲んで、何かやろうとなった。 チンチロリンやろう。 どんぶりでやるサイコロゲーム、一晩で十五万儲かった。 博打は嫌いなんだけれど。 明くる日、その渋谷の店に行った。 革ジャンの二十八万には足りない、手持ちは三万、まだかなり足りない。 何とかなりませんか? ちょっと待ってください。 いいそうです、毎日見てたでしょ、オーナーもそれを知っていて、いいって言ってます。 十八万で、儲かるのか、トントンでもいいのか。 人間と話している気がした。 家に帰って着たら、赤白青のU・S・A、ぜんぜん似合わない。

 それでチンチロリンに凝っちゃって、子供相手にやって、お年玉をみんな取り上げちゃったりした。 サイコロ、気持よい、裏町人生、下で高倉健さんの展示会やってたけれど。 象牙や鹿の角のサイコロが、手に馴染む。 「コツのサイ」と呼ぶ。 三つが、チンチロリン、「狐」。 一つが、チョボイチ。 二つが、丁半。 紀伊國屋寄席で、小三治がトリで「看板のピン」をやった。 小さん師が楽屋で、どういう若いもんか、わかるかと聞いた。 楽屋の空気が、ピーンとなった。 みんなタジタジとなった。 違うよ、あれは漁師なんだ。 小三治が聞けばいいのに、聞かなかった。 うかつにも、聞かなかった。 海っぺりの漁師の休む小屋で囲んでる情景だ。

雷門小助六の「猫退治」2024/11/25 07:00

 小助六、ひょいひょいと出て来る、髪は七三。 学校寄席に呼ばれるけれど、冷暖房無しの会場だ。 9月上旬、千葉県の流山の小学校の体育館、暑い。 子供に間違いがあってはいけないので、休憩時間を取ってくれ、と言われる。 5回取れ、と。 子供たちは、水筒を持ってきている。 先生が、霧吹きで水を撒く、植木みたいだ。 舞台の上から見ていると、地獄絵図。 校長が子供たちに、よくここまで我慢できましたね、もう少しで終わりますから、と。 ヤッターーッ! ヤッターーッ!

 心の病というのがあるけれど、落語家も、厄介なところがある。 癒しで、猫を飼っている。 ヨソの猫も借りて来て、なでなでする。 だけど、それと同様に、ヨソの女性を借りて来てなでなですることは、愛妻家だから、しない。

 貞や、貞吉や、町内の薮井竹庵先生を呼んで来ておくれ、娘が長の患いで、と。 今朝、名医に診てもらったら、腹の中に何か思っている、徳利にきつく栓がしてあるようだ、と言われた。 普通の病気は駄目だが、機嫌を取るのがうまい、お幇間医者の薮井竹庵先生を、娘が気に入っていて、いつも連れて歩いている。

 こんちはー! どーーれ! 薬篭はいらない。 人の気を逸らさないお幇間医者。 先生に、徳利の栓抜きをお願いしたい。 そろそろお呼びがかかる頃かと思ってましたよ、察しがついている、お正月に私と婆やさんと三人で浅草寺にお参りに行った時、若旦那風のいい男がいた。 そうじゃない。 二月に梅見に行った時の、職人風のいい男か。 そうじゃない。 三月に向島に花見に行って、下駄の鼻緒が切れたのを直してくれた男か。 そうじゃない。 先生、だれにも話をしないかい。 本当に。 もっと、傍に寄って、もっと、もっと。 お気持は嬉しいけれど、私には妻と子がいる。 違うよ。

 三月に向島に花見に行った帰り、小さい黒い子猫を拾った。 その猫が、十日ほど前に死んでしまったんだよ。 それから三日目の晩、草木も眠る丑三つ時、枕許にいた婆やの目が大きくなったり小さくなったり、耳がとんがって、ヒゲがガァーーッと延びて、死んだ猫そっくりの形相で、私の顔から手から足から、ペロペロと舐めるんだよ。 それで眠れない、ご飯も食べられない。

 化け猫騒動、ニャンとかならないか。 番頭は、ニャンとも申し上げられない、と。 化け猫退治だ、店の者みんなで飲んだり食ったりして、その時を待つ。 草木も眠る丑三つ時、留、松、梅、源、行け。 留は、急な差し込みで。 松は、実家で猫を四匹飼っていて。 源は、親父が今わの際に、猫退治だけはしてくれるなと言い残しまして。 何日か前に、源さんの親父さんを見かけたよ。 番頭が、私が開けます、襖を一、二、三で、パッと開けると、もう出てる。 番頭がイヤーーンと言った。 婆やの背中から、黒い塊が飛び出して、みんなで追い回すと、外へ逃げた。 可愛がってくれたお嬢さんに悪さをするなんて、ひどく質の悪い猫でしたね。 そうだ、初めからあの猫は、お嬢さんを舐めていた。