五街道雲助の「宮戸川」中 ― 2026/07/19 07:47
ある夏のこと、お花が小僧の定吉を連れて、浅草寺参詣に出かけた。 雷門で、雨が降り出した。 小僧がしるべに傘を借りに行く。 空の底が抜けたような、夏の雨になった。 雷がひどくなってきた。 ピカッと、真っ白に光ると、ガラガラドッスーン! 耳を押さえて、歯をくいしばっていたお花だが、癪を起し気を失って倒れた。 そこへ、ならず者が三人、一人は裸にふんどし、頭に何か載せている。 雷、枕橋に落ちたな、しばらく雨宿りするか。 お花が倒れているのが目に付く。 いい女だ! いくつぐらいだろう。 二十一、二か、介抱してやろう。 こんな、いい女、生涯、抱いて寝られない。 すっかり、介抱してやろうじゃないか、助けてやった返礼だ。 太く、短く、やっつけようじゃないか。 お花を、担ぎ上げると、吾妻橋の方へ。
小僧が、傘を持って帰って来る。 お花の姿がない。 もらい乞食が起きて、薩摩の粗い浴衣を着た御新造なら、ならず者が三人、どっかへ連れて行ってしまいましたよ、と。 急ぎ戻って、半七に話をする。 お上にも訴え出たが、行方は知れず、仕方なく、その日を命日として、野辺の葬送をした。
それから丸二年、三周忌の法要、半七は橋場の寺から今戸に出て、堀の船宿から帰ろうとする。 元柳橋まで、屋根船はないが、猪牙舟なら。 酒を頼む、肴は水貝の洗いならある。 待ってくれ、待ってくれ、と酔っ払い。 ゆらゆらと、三尺帯を締めた正覚坊の亀という船頭、両国まで、便船頼む。 兄貴、下りてくれ、お客様が乗ってんだ。 いいですよ、相手があったほうがいいから、乗せておやりなさい。 仲間ですが、飲むと、だらしなくなるんで……、おとなしく乗ってなきゃあいけねえ。 夏は、舟にかぎるな、大川はいい。 時に旦那、いい男なんで、女が惚れましょうな。 野暮天に、惚れる奴はいない。 何一つしていないので、かえって聞きたくなる。 船頭さんは、粋な稼業だから、何かノロケ話を。
五街道雲助の「宮戸川」上 ― 2026/07/18 07:25
今晩のお掃除役で。 「宮戸川」、お馴染みの噺ですが、今晩はお古い形で申し上げます。 日本橋小網町の茜屋半左衛門というお堅い質屋、隣が桜屋という船宿、粋な稼業で。 質屋の息子の半七が、碁会所に通って晩くなる。 半左衛門は堅い人で、日頃から半七に厳しく言っている。 外が閉まって、中がシンとしている。 私です、遅くなりました。 どなたで、お名前は? お父っつあん、私で、半七です。 半七のお友達ですか、家にも半七という倅がおりましたが、もはや見限り、勘当ということに致しました、とお言伝を。 どうぞ、ここをお開け下さい。 いい加減にしろ、今晩が初めてじゃない。 勝負事は嫌いだ。 愛想も小想も尽き果てた。 どこへでも行ってしまえ。 私は跡取りです。 夫婦養子を取る。 碁将棋は絶ちます。
おっ母さん、開けて下さい。 いいえ、なりません。 コウちゃんの家の前を通ったら、ちょっとお酌をしてくれないかと言うので、上がっていて遅くなりました。 それもこれも、私が悪いんです。 勝手に、おし。
そこにいるのは、お花さんじゃありませんか。 半さん、どうしたの。 碁を打っていて、閉め出しを喰っちゃった。 私は、閉め出しを食べちゃった。 半さん、これからどうするおつもり? 霊岸島の叔父の所へ行こうかと、暗い道で寂しいけれど。 お花さんは? 伯父さんは、肥前の長崎で、とても行かれません。 私はそろそろ出かけますが…。 小さい頃からお手習いの朋輩、私も叔父さんの所へ泊めていただけませんか。 駄目だ、叔父は親父と違って柔らかいんで、女を連れて、叔父の所へ行ったとすれば、どんなことになるか。 叔父さんには、恵比須講の晩にお目にかかっています。 面白い人、鼻の頭の赤い方で。 親父はお堅い野暮天だけれど、早飲み込みの叔父さんなんで、お断りをします。 後をついて来ては、いけません、女は嫌いで。
二人は、叔父さんの家の角まで来た。 叔父さん、叔父さん、今晩は! どなた、こんなに晩くに。 誰だ? 半七です。 小網町の倅か、今、開けてやるから。 婆さん、小網町の半七だよ。 婆さん、仏壇開けてどうするんだ。 小網町で半鐘が鳴ったんでしょ、驚いちゃいました。 半坊、すっかり歳を取って。 俺だよ。 お前さん、すっかり惚けて。 お前だよ、惚けたのは。 何だ、半七、お連れがいるのか。 お前、この娘さんを連れて来たのか。 よく、取った。 汚いところですが、こちらへお入りなさい。 夜分晩くに参りまして、申し訳ございません。 俺には料簡がある。 これの親父とは素性が違う、話はあとのことで、今夜は寝てしまいなさい。 二階へ、得手(えて・猿)梯子で。
色が白くて、いい娘(こ)だねえ。 お前さん、気が付きませんでしたか、隣の船宿のお花坊ですよ。 お花坊かい、いい娘になったもんだ。 半坊、覗いてんのか。 叔父さんと寝ます。 早く寝ちまいな。 お前がもらわないなら、婆さん出して、俺がもらう。 文句を言うな。 きまりが悪いから、グズグズ言ってやがる。
半七は、いくつになる。 半坊十八、お花坊十七、一つ違いですよ。 一つ違いは、金の草鞋を履いても探せっていう。 あなたが十八、私が十七だった、五郎兵衛町の甚兵衛さんのところへ稽古に通ったのは。 一つ違い、いまだに一つ違い。 あの頃のことが、炙り出てきて、きまりが悪い。 富本の浅間を二人でやったら、「ようよう、ご両人」と、声をかけられて。 あの頃の、お前はいい女だった。 お前さん、先の菊五郎にそっくりで。 今じゃ、タヌキ婆さん。 お前さんも、しぼんじゃった。 婆さん、もちっと、こっちへ。 馬鹿を、お言いでないよ。
どうするつもりですか、お花さん。 私は、もう寝ますから…、蒲団は私が使う。 でも、半分貸します。 こっちに入って来ないように、両国と日本橋で。 しかし、寝ちゃうとわからない。 木曽殿と背中合わせの寒さかな。 出雲の神様が嬉しくも、えにしを結びました。
明くる朝、二人は叔父さんのもとに来て、どうか夫婦にしておくれなさい、と。 お花の家、船宿に頂戴できますかと話をすると、願ったり、叶ったりで、簡単に済んだ。 だが、半左衛門は、なかなか承知しない。 半七は勘当となり、叔父さんが俺の倅にするという。 当時はもらえた勘当金で、横山町に家を持たせ、二人に小さな商いをさせた。 商売繁盛して、小僧をおいて、粋な暮らしをする。
林家正蔵の「田能久」後半 ― 2026/07/17 07:26
タ、ノ、キュウ! お前、狸か、人間じゃなくて。 オラは、誰が何と言っても、鳥坂峠のウワバミだ、耄碌してきたなんて言われちゃあいけねえ。 タヌキなら、俺の前で化けてみろ。 久兵衛さん、カツラがあったのを思い出した。 向うを見ててもらいたい。 早く、化けろ。 女のカツラをかぶって、「もし、こちの人」、いかがで! 次は、坊主のカツラで、ナンマイダブ! つづいて、石川五右衛門の百日カヅラ。
うまいもんだな、タヌ公、俺に化け方を教えてくれ。 里へ下りて行くと、村の奴らが鉄砲を持って出て来る。 お前、母親の塩梅が悪いのか、親類づきあいをしようじゃないか。 俺のねぐらは、あの松の木二本の間だ。 帰りに寄れ。 久しぶりに、話し相手が出来て、嬉しかった。 お前、何か怖いものがあるか? 饅頭は駄目だぞ。 お金が怖い、人間の使う金が…。 金のことで、騙し合ったり、殺し合ったりする。 峠の鐘が、ゴーンと鳴った。 俺が怖いのは、煙草のヤニと、柿渋だ、あれが付くと突っ張らかって、動けなくなる。 俺とお前の秘密だ、誰にも喋るんじゃないぞ。 早くお袋の所へ行け、俺も穴に帰る。 夜が明けてきた。 ポッと、ウワバミが消えた。
助かった。 峠から、転がり落ちるように村里へ、タヌキに間違えられた話をする。 ウワバミが、ねぐらと怖いものを教えてくれた。 久兵衛さん、それを教えてくれろ、爺さん、婆さん、かみさんと赤ん坊が呑まれたんだ。 教えてくれ。 ねぐらは、松の木二本の間で、怖いのは、煙草のヤニと、柿渋だ。
ウワバミ退治。 一斗樽に、柿渋二つ、煙草のヤニ四つ、用意して峠へ。 鳴り物をテンテンカンカン、法螺貝をブゥオーーッ、鉦をチーーン。 うるせえな。 旨そうな人間が来たぞ。 ウワバミが穴から出る。 かけろ! 柄杓や水鉄砲で、煙草のヤニと柿渋をかける。 ギャーーッ! ウワバミは、ポッと消えてなくなる。
阿波徳島の田能村、おっ母さん、今帰ったよ。 真夜中過ぎ、表の戸をドンドン、開けろ! どなた様で。 老人が、箱を手に立っていて、よくも俺の怖いものを教えたな。 勘弁ならねえ、これでも喰らえと、箱を開けて撒き散らした。 黄金色の小判が、ザック、ザック、ザックザク。 拾って数えてみろ。 やっぱり久兵衛さんは、千両役者だ。
林家正蔵の「田能久」前半 ― 2026/07/16 07:19
正蔵、見かけが少し年取った感じがした、尻の下に何か敷いた。 三遊亭歌武蔵とは、ドリームジャンボ仲間。 歌武蔵、橘家文蔵、林家彦いち、西日の差す上野鈴本の楽屋に、ランニングシャツ、ステテコでいる。 パッと入ったら、刑務所。 文蔵が、正兄貴12億円当たったらどうする? と、聞く。 文ちゃんは? 当たったら決めてる。 要町(豊島区)の汚いマンションにいるの知ってるんで、タワマン買うのか? 俺、寄席の代演に行かない。(2千円~3千円)。 噺家らしい。 彦いちは、兄貴なさけねえ、俺は夢が大きい、学校寄席へ行かない(5万円~7万円)。 歌武蔵は、なさけねえよ、俺は人に使う。 落語協会、落語芸術協会、三遊派、立川流から上方まで、噺家をみんな集めてご馳走する。 どこで? サイゼリヤ。
阿波徳島の田能村に久兵衛さんという親孝行の人がいて、大の芝居好き。 村芝居の座頭になって、田能村に久兵衛だから、田能久一座、伊予の宇和島に呼ばれて出かけた、おっ母さんを頼みますと、家に残して。 連日大入り満員、大盛況だったが、五日目におっ母さんの具合が悪いという手紙が来た。 後をまかせると、久兵衛さん阿波徳島へ帰ることにした。
法華津峠を越え、鳥坂(とさか)峠にかかる茶屋で渋茶をすすっていると、どこから来たと聞かれる。 徳島から来て役者をしている、国に帰るので、これから峠を越えると話すと、鳥坂峠にはウワバミが棲んでいるので、行っちゃあならない、と止める。 しかし敢えて山の中に入ると、日が暮れてきた。 ポツポツと降り出し、盆を返したような雨になった。 小さな掘立小屋、炭焼きの小屋らしいのを見つけて、地獄に仏だと、入る。 真っ暗、囲炉裏があったので、持っていた紙に火打石で火を熾す。 あーー、助かった、腹が減っているのを思い出す。 おむすびを二つ食って、ウトウトする。
生臭い臭いがして、八十ぐらいの一人の老人が、長い白髪で、杖をついて、目をギョロギョロさせている。 小屋主さんだ、寝たふりをすべえ。 起きろ、おい! 目を開けて、イビキをかく奴があるか。 勝手に、小屋を使ってまして、許して下せえ。 村の者に、何か言われなかったか? 峠にはウワバミが棲んでいるので、行っちゃあならない、と止められた。 道理で、誰も来ないわけだ。 危うく、味を忘れるところだった。 人間の味を。 アワ様、これから母親が病気の国へ帰るところなんで、勘弁して下さい。 アワ様なんて、領収書の宛名じゃない、裸になれ、口の中に飛び込め! おっ母さんの具合が悪いんで、許して下せえ。 この世の名残りに名前を聞こう。 タ、タ、タ…。 江戸家猫八か。 タ、ノ、キュウ! お前、狸か。
2005年の「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝 ― 2026/07/15 07:23
「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝<小人閑居日記 2005.11.26.>というのを、桂吉朝が亡くなった折に書いていたので、再録したい。 当時は、最近は書かない批評ぽいことを生意気にも書いていた。 その伝でいけば、今回の桂二葉の「くしゃみ講釈」、比べるのも気の毒ながら、爆笑とはいかず、まだまだで、物足りない感じがした。
「くっしゃみ講釈」吉朝と小米朝<小人閑居日記 2005.11.26.>
8日に桂吉朝が死んで、がっかりしてしまった。 50歳だった。 こんなに若く、惜しい人をなくしたものだ。 今年は、4月に桂文朝が死んで、がっかりしたのだが、特に好きで、うまい人が、二人も逝ってしまった。 泣きたい気持だ。
桂吉朝が落語研究会に初めて出たのは、平成3年4月9日の「くっしゃみ講釈」だった。 大柄で端正、いかつい真面目な顔をして演る噺が、なんとも可笑しい。 強烈な印象を受け、たいへんな人が登場したものだと思った。 その後「花筏」「崇徳院」「猫の忠信」「池田の猪買い」「仔猫」「たちきれ線香」「質屋蔵」「はてなの茶碗」「高津の富」「住吉駕籠」「どうらんの幸助」「蛸芝居」「小佐田定雄作 狐芝居」「河豚鍋」「米揚げ笊」をやり、一昨年暮の26日「不動坊」をやったのが最後となった。
今回、桂小米朝が初めて落語研究会に出て、その「くっしゃみ講釈」をかけた。 言わずと知れた米朝の子、自ら又の名を桂七光(ななひかり)、サラブレッドと名乗り、落語家になるといったら、いつも怒っているか、泣いているかのざこばが「それはいい、人生バクチや」といい、枝雀が「小米朝」と命名してくれた、「お父さんのファンです、サイン下さいお父さんの」、と言われ続けて20年、札幌では「子米朝」と書かれ、自ら「あほぼん丸出し」といい、人間国宝の長男は本当に大変で、皇太子の気持がよくわかると述べた。
出の前に、前座の古今亭駒次、見台(上部は平らな小机)と膝隠し(衝立)を置く位置がわからず、一度引っ込み、訊いてきて置き直した。 もっとも私も、小さい拍子木(家に帰ってものの本をみたら「小拍子(こびょうし)」という由、樫製で二本一組なのだそうだ)を間違って左手の所に置いたかと思ったのだが、右手には「張り扇」を持つのだった。 小米朝は苦みばしったいい男、それで見台と膝隠しの説明から入り、上方でガチャチャチャ、パタンパンパン、ピシリピシリ、と、にぎやかなのは、噺を縁日でやったからだといった。 同じ米朝の弟子ながら、吉朝とはまったく違った芸風、どちらかといえば枝雀に近いにぎやかさと動きだ。 「フェーッ」と、のぞきからくりを一段語った「くっしゃみ講釈」、私には吉朝の思い出が強烈過ぎて、気の毒な評価となった。
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