春風亭一之輔の「心眼」前半 ― 2025/04/23 07:10
ご来場で有難うございます。 ホール落語、芸の粋、究極のものを、上から下から斜めから、いろんな設定のものを見てみようという、鼻持ちならない会でして…。 寄席は、足の悪い方がいらっしゃれば、そういう噺は避ける、われわれはそんな繊細な生き物で。 前座の頃、末広の昼席に、十日の内何日か、目のご不自由なお爺さんがいらっしゃって、鞄の中から某メーカーのシーフード・カップヌードルを出して、魔法瓶からお湯を入れて、ぴたっと3分待って、前座が出ると食べ始める。 あたりに磯の香りが漂う。 その人が、按摩や盲人の噺をCDやテープを聴くけれど、寄席ではだれもやらない、勉強不足じゃないか、と言う。 それは、あなたがお出でだから、とは言いにくい。 そういう人もいます。 シーフードがお好きですね。 一択だね。 いつも見事に、お湯を止めるけれど、コツは何ですか。 ちょうどしか、魔法瓶にお湯を入れてこないんだ。 最前列の真ん中、20年前、70か80の方だった。 今、満席というけれど、その席が空いている。
こつこつ、今帰ったよ、お竹。 お帰りなさい梅喜さん、どうでした、横浜のご療治は? お前さん、身体の具合でも悪いのかい。 歩いて帰って来たんだ。 汽車賃、渡してるよ。 金公の所へ行ったよ。 あいつが「ごくつぶしが、このどめくら」と言うんだ。 二親が死んで、あいつを育てたのは、俺だ。 汽車賃、金公にやっちゃった。 でもなあ、目さえ明いてりゃあなあ。 梅喜さん、信心したらどう、茅場町のお薬師様に百日、願掛け参りを、私も応援するよ。 明日から、やってみようか、願掛け。
あっ、どうも、お薬師様。 浅草の馬道で、按摩をしております梅喜と申します。 百日参ります、お賽銭はこれで。 どうも、今日は十日目、覚えていただけましたか。 酷い降りで、ゆんべから屋根がボロ、建付けが悪くて、濡れて風も通るので大変、一と月になりました。 中日でございます、かかあのお竹がうるさいんです。 お薬師様が待ってるって、お賽銭をたんと、いつもより多めに、目を明けて下さい、これで。 暑くなってきましたねえ、カンカン照りで、ようやっと7時、お身体、ご自愛を。 あと十日です、長かったですねえ。 朝起きんのが大変な三月でした、でもあと十日、この通り。
オーーッ! 満願でございます。 梅喜でございます。 百日、ここまで来たという心情、奮発、これでお願いします。 満願、この通り、お薬師様、目を明けて下さい。 お留守ですか。 居ねえことは、ねえんだ。 聞こえてるよね。 百日です、お願いします。 どういうことなんだい!(と、大声で) 毎日、ちゃんとお賽銭をあげてるんじゃないですか。 明かない、せつない、やらずぶったくりの、泥棒薬師!
梅喜さん、大丈夫か。 目が明いたな、梅喜さん。 どなた? 上総屋だよ。 上総屋の旦那ですか。 酷いことを言っていたよ、お詫びを申し上げろ。 今のは、嘘です! 夫婦の念が通じたんだ。 お竹さんにも、知らせておやり。 道が、わかんない、どうやって来たのか。 私が一緒に連れてってやろう。 杖も要らねえんだ。 家に置いときます、今まで世話になったから。
立川談幸の「夜桜」 ― 2025/04/22 07:01
談幸は濃い丸顔で、縞の着物。 談志が死んで13年、内弟子の頃、ずっと料理をこしらえていた。 たまには談志が、俺がやるといって、野菜を切って炒め、小さな袋を取り出して、パラパラかけている。 よく見たら、お弔いの時の、浄めの塩だった。 あれを溜めておく。 袋の裏を見たら、「食べられません」。 談志のところにテープのライブラリーがあって、オープンリールの「夜桜」があった。 カセットテープにダビングした。 上方の「親子茶屋」、八代目桂文治、前の前の前の文治、昭和30年に亡くなった。 写真を見ると、顔が異常に長くて、黒い、「茄子」と言われた。 デブの円生は、「かぼちゃ」顔。 四代目小さんが、「茄子とかぼちゃの喧嘩」と言った。
日本人は、桜が大好き。 染井吉野、名所でなくても、近所で見られる。 江戸川区の桜並木、ほとんど人が来ないし、行かない。 上野なんかは、外国の人まで増えて。 近所の公園、寂しいね、向島は工場が建て込んで、煙を出し、桜が煤煙に敗けた。 と、皆が嘆いた。 最近は夜桜のライトアップをやる。 ライトアップしちゃあいけないもの、自分の女房。
吉原の夜桜、いつも桜があるわけでなく、三河島から職人がやってきて、二階から見えるように植える。 「桜をば植えて山吹とりたがり」(山吹色の小判)。 お父っつあん、お早うございます。 お早うかい。 昼前のお叱言で。 三四日帰らなかったが、どこへ行っていた。 花見に。 花見なんて、半日もかからないだろう。 酒なくて何の己が桜かな、夜桜です。 吉原のぼんぼりに灯りが入り、花魁と寄り添いながら眺める。 四日目に、ご帰還か、粋な洋箪笥の金が無くなっている。 道楽息子、奉公人になめられる、おん出されることになる。 親が大事か、花魁が大事か? お父っつあん、つまらないことを聞く。 親が大事か。 いいえ、花魁。 罰当たりな。 親は買おうたって買えない、売ろうたって売れない。 お前は世間知らずで、騙されているんだ。 敵娼(あいかた)は違う、そのようなことはありんせん、と、目に涙を浮かべ、色っぽい目で見る。
私はこれから無尽の会が今日で満回、山谷の料理屋に行く。 お前が、今日出かけたら、勘当します。 お父っつあん、山谷の料理屋でお開きの後、向島の花見の客が吉原の夜桜へ行かないかと言っているのを小耳にはさみ、話の種に行ってみよう、冥途の土産に、と行くことにする。 旦那様、床几にお茶を、年に関係はありません、若い人が買うのは若ラン、年配の方が買うのがオイランで。 倅は、どんなことをして遊んでいるのか、お世話になりましょうか。 ご大家の旦那と見て、一流の芸者、一流の幇間で持て成す。 楽しい、楽しい、私は帰りたくない。 倅と二人で遊んでいたら、身代が傾く。
一方、若旦那、つまらないね、留守番は。 勘当は洒落にならない。 スーーッと行って、ワッと遊んで、スーーッと帰って来よう。 痔が起こって、切れが出る、親父がうるさくて、今日は長居ができないんだ。 いつもの連中は、二階の客で塞がっています。 六十かっこうの大旦那、品のよろしい方です。 粋な年寄がいるもんだ、ちょっとだけご一緒させていただくことはできませんか。 伺って来ましょう。 いかがでしょう。 それはいけない。 勘定は増えません、むしろ半分になる。 呼んで下さい。
趣向はないですか? 襖を間にして、旦那のカラスが羽ばたく。 ご対面! で、襖を開ける。 粋なことだ。 次の間に、若旦那、(唄が入って)手踊りとなる。 ワーーッと、ご対面! アッ、倅! お父っつあん! 倅、決して博打はするなよ。
柳亭市馬の「くしゃみ講釈」 ― 2025/04/21 07:07
話芸には、浪花節、講談、落語があるが、似ているようで違う。 浪花節は三味線が入り、語るという。 講談は、読むという。 落語は、しゃべる。 浅草の木馬亭は、浪花節の聖地。 寄席は四軒、人形町の末広がなくなって40年になる。 講談の本牧亭がなくなって35年。 本牧亭は、二ッ目の頃に、貸してくれて、よくやったがやりよかった。 畳敷きの器が、お客様をお迎えする雰囲気の小屋だった。 二ッ目でも、師匠なんて呼ばれる、「師匠、下駄を取ってくれ」。
昔は、町内に色物の寄席があった。 「講釈場要らぬ親父の捨て所」、一晩に二人か三人出る、長いのは一時間、いい所で切って、「つづきは明日」。 妙な顔をしているな、具合でも悪いのか。 飯は食えるのか? 飯は食える、酒も飲んでいる。 ただ、心に引っ掛かっていることがある。 友達だから聞いてやるよ。 そんなこと言ってくれるのは、兄ィだけだ。 二三日前、暇ができたんで、隣町の講釈場へ行ったんだ。 木枕を借りて、手拭をかけて寝ていた。 トロトロッとした。 俺には、病がある、イビキをかくんだ。 一丁荒し、往復イビキ、グウーーッ、ゴウーーッ、あたりのゴミも吸い込む。 講釈師が文句を言った、「人間か、イノシシか。 木戸銭は返すから、帰れ、帰れ! 芸も分からない奴は」と。 文句を返そうとしたら、まわりの奴が「つまみ出せ」ってんで、グッとこらえて、そのまま帰ってきた。 何とか、意趣返しをしたい。 仕返しか、いい考えがある。 角の乾物屋で胡椒を買って来い、火鉢を借りて、胡椒の粉を火にくべるんだ。 いぶして、扇ぐと、講釈師は、目に涙、鼻にくしゃみ、口にセキになる。 そこで、お前のくしゃみを聞きに来たんじゃないって、言ってやるんだ。 意趣返しになる。 角の乾物屋で、胡椒の粉を十銭。 行ってくるよ。
何を買うんだっけ。 胡椒の粉を十銭。 どこで? 角の乾物屋。 何べんも、同じことを聞くな。 物覚えが悪い。 それも、普通の人じゃない、すぐ忘れるんだ。 手に指で字を書いておくんだ。 急いで、行ってくるよ。 胡椒は、覗きからくりの真似をすればいい、八百屋お七、小姓の吉三。 兄ィは頭がいい、参議院に出たら、どうだ。 お前は、気のいい男だね。 どこで買うんだっけ。 角の乾物屋だ。
ごめんよ。 何を差し上げましょう? あれ。 聞いてたろ、品物言ってくれない。 聞いてませんよ。 長めの棒を貸してくれない。 陽気の変わり目には、こういう人が来るんだ。 アーーッ、ソレソレ、ソレソレ! 大きな声を出すから、子供が見ているじゃないですか。 そうだ、駒込の吉祥寺、十銭くれ。 書院座敷の次の間に! そこに立たないで下さい、押しちゃあだめ。 水を撒いて。 鰹節を下さい。 後にして下さい。 アーーッ、ソレソレ、ソレソレ! 覗きからくりを十銭。 何の覗きからくりで。 八百屋お七、その相手の男、吉三を十銭。 吉三は元来、小姓で。 それ十銭。 あんた、胡椒を思い出すのに、からくり一段そっくりやったんですか。 胡椒、売り切れです。 お薬味にするんですか? 役人じゃない、面白くない野郎に、くしゃみをさせようってんだ。 それだったら、唐辛子(とんがらし)でいい、七色唐辛子、狐憑きも落ちる。 それ十銭おくれ。 唐辛子、少しおまけしときます。 人がたかっちゃったね、ご声援、ありがとうございます。
いつまでかかっているんだ。 からくり一段やって、胡椒を思い出したら、売り切れだった。 乾物屋が唐辛子でいいってんで、十銭買って来た。 とても今時の人じゃない、貴重な人材だって、褒めてた。
一番前に座ろう。 何のために来たんだ。 忘れてたよ。 火鉢もらえよ。 暖かいの要らない、煙草も呑まないし。 そうだった。 お姐さん、火鉢を一つ。 まだ誰もいない。 ハックショイ! 俺で試すな。 講釈師も、噺家も、猿回しの猿と同じだ。 講釈師、初めは小さな声で始め、はっきり言わない。 張り扇を、一つ入れる。 時は慶長15年、秀頼と淀君の大坂城へ、真田左衛門佐、練達の一義士を先頭に、関東一万の軍勢が押し寄せた。 兄ィ、頭一本ぬけている、鹿右衛門はこいつです。 扇げ、扇げ、黄色い煙が出る、あの団子っ鼻に向って。 大冑、立ったら三七二十一日、イハハ、ハックショイ、やあやあ、遠からん者は、我こそは、ハッ、ハッ、ハックション。 ウッハッハ、征夷大将軍。 大丈夫ですか。 毒づくんだよ。 くしゃみばかりして講釈読まなきゃ、講釈師じゃないだろう! 何か、故障がありましたか。 胡椒がないから、唐辛子で間に合わせたんだ!
入船亭扇橋の「がまの油」 ― 2025/04/20 07:13
扇橋の出囃子は、唄が入る「いっさいいっさいろん」で、代演することになった桂二葉と同じだという。 元々は、自分が先で二ッ目の頃から使っていた。 ある時、楽屋で二葉に出囃子に「いっさいいっさいろん」を使いたいと言われ、いいですよ、と言った。 そうしたら、二葉がバーーッと売れた。 上方で、私が出ると、エッと言われる。 「がまの油」、憶えていますかと連絡があり、「憶えてます」「じゃあよかった」、それがこれから。
大田区の小学校で、キャリア教育というのか、6年生が15人ぐらいブースで弁護士、保育士、ゲームデザイナー、JAXAの人、落語家にインタビューする。 私の所には、誰も来ない。 女の子が一人、委員長をやっていそうな子が、来た。 夢は何?と聞いた。 夢はない、あったらこの世界に入らない、と。 男の子の夢は、通訳。 資格を取って、日本の文化を広めるために活躍したい。 私なんぞの子供の頃は、十円ハゲで、半袖短パンで、遠くまで歩いていった。 その男の子が、三代目柳亭痴楽「破壊された顔面」に、似ている。 鼻水を垂らして、ヘヘッ、噺家さん、師匠なんですね、マブダチですね。 マブダチ? 前座、二ッ目、マブダチ。 イヤダーッ、真打でした。
悩んだら、浅草演芸ホールへ行くといい。 これでいいんだ、ということになる。 昼か、夜の片方がいい、通しは馬鹿になる。 浅草の奥山、両国の広小路に、見世物小屋がある。 ピンからキリまであって、「六尺の大いたち」「妖怪ベナ」なんか、アメリカだと訴えられる、日本はおだやか。 「弘法の石芋」をご存知か。 おばあさんが祖谷渓で芋を洗っていると、通りかかったお坊さんが食いたいので一つくれと言った。 婆さんが、これは芋でなくて石だと、断わった。 坊さんは怒って、芋を全部石に変えてしまった、坊さんは弘法大師だった。 婆さんが頼んでも、一度石に変えたものは、元に戻らない。 その石には効用がある、頭痛、腹痛、胆石などに効く。 削った粉を、南無大師遍照金剛と唱えて飲めば、たちどころに治る。 これは効くんだと、サクラが買うから、みんなが買う。
同じような話がある。 女房が豆を煮ていると、通りかかったお坊さんが食いたいといったけれど、これは馬にやるものだと、断わった。 坊さんは弘法大師で、杖を一振り、女房の亭主を馬の姿に変えてしまった。 女房が頼みこんで、顔や手足はどうにか元に戻っていった。 股のところにきた時だ。 女房、股だけは、そのままにしておくれ、と。 落語研究会でやる咄じゃない。
浪人風の男、膏薬を入れる貝殻、棗の中に膏薬、ひからびたような蟇(がま)五、六匹を並べて、「その線まで下がって。 さあ、お立会い、御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。 手前取りい出したるは、四六のガマだ。 四六、五六はどこでわかる。 前足が四本、後足が六本、これが四六のガマだ。 このガマの棲める所は、これよりはるか北の筑波山の麓。 オンバコという露草を食らう。 このガマの油を取るには、四面に鏡を立て、下に金網、その中にガマを入れると、ガマは鏡に映るおのれの姿を見て驚き、タラーリタラーリと脂汗を流す。 それを柳の小枝で、三七二十一日の間、トローリトローリと煮詰めたのが、このガマの油だ。 金創(きず)に、切り傷、出痔、いぼ痔、はしり痔、ヨコネガンガサ、腫れ物、その他下(しも)の病、一切に効く。 (刀と一枚の紙を取り出し)切れ物、氷の刃だ、一枚の紙が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が百二十八枚、三月落花の形、比良の暮雪は雪降りの形だ。 これほど斬れる業物でも、(腕を出し)ガマの油をひと塗りすれば、この通り、叩いても、引いても、斬れない。 拭き取るとどうなるか、触っただけで、ほらこんなに斬れる。 だが、お立会い、ガマの油をこうして付ければ、痛みが去って、血がピタリと止まる。 生薬屋の店頭では、ひと貝十六文だが、ここでは十文」。 たちまち、売れる。
たくさん売れて気をよくしたガマの油売り、居酒屋でほうれん草のお浸しかなんかで一杯やった。 酔っ払って、もう一度、売りに出る。 「前足が六本、後足が四本」「棲める所は、これよりはるか南の高尾山の麓……子供、うるさい!」「四面に金網、下に鏡、鏡に映ったおのれの姿に……子供、うるさい!」「アーーア(と、眠くなる)」「生薬屋の店頭では、ひと貝十六文だが、ここでもひと貝十六文」 (刀を抜くが)これは中身のない刀、こちらで「一枚の紙が二枚、二枚が四枚、四枚が五枚、五枚が六枚……騒ぐな、子供たち!」 「これほど斬れる業物でも、ガマの油をひと塗りすれば……、斬れた! だが、ガマの油を付ければ、止まらない! 磨り込めば、止まらない! どんどん塗るが、止まらない! どこかに、血止めはないか。」
春風亭朝枝の「宮戸川」 ― 2025/04/19 07:37
16日は、第682回の落語研究会、桂二葉の三回目「がまの油」を楽しみにしていたのだが、体調不良ということで、入船亭扇橋の代演になった。
朝枝は、泥棒のようにソロリソロリと出て来る。 額が広く、合縁奇縁と、縁の話から始める。 浜辺で知り合いだったハマグリの男と、ホタテの女が、小料理屋の鍋の中で巡り合った。 いいところで会ったと、ハマグリが声をかけると、ホタテは「もうシャケちゃんと、出来た」と。 ハマグリは、「ナシャケねえ!」
10月は出雲に神様が集まり、縁結びの会議をするので、全国「神無月」となり、出雲だけは「神在月」となる。 天神さん、あんた筆が立つので、札に名前を書いて下さい。 19歳の提灯屋の娘がいます。 こちらに20歳の蝋燭屋の倅がいる、ちょうどいいから結んじゃいましょう。 日が暮れて、居眠りをする者が出ると、札が三枚残った。 いいから結んじゃいましょう、これが三角関係になる。 神無月に恵比寿様だけが留守番をする、恵比寿様はいざなぎ・いざなみ二神の三男だったといい、「神無月三郎様はお留守番」、商家では10月20日に、恵比寿講をやり、親類やご近所を招いて飲み食いをしたり、茶番をやったりする。
帰りが遅くなった半七、戸を叩き、「お父っつあん、開けて下さい」、「おっ母さん、開けて下さい」、と声をかけるが、また碁将棋かい。 今日という今日は、勘当だ。 おっ母さん、お花です。 開けて下さい。 どこでもいいから、行っておしまい。 同じような人がいるね。 半ちゃん、どうしたの。 友達の所で碁を打っていて、閉め出し喰っちゃった。 私は、歌留多取ってたの、閉め出し食べちゃったの。 半ちゃん、これからどうすんの。 霊岸島の伯父夫婦の所へ行こうかと、お花ちゃんは。 親戚は肥後の熊本、伯父さまの所にご一緒させてくれないかしら。 駄目だよ、伯父は親父と違ってやわらかい、早飲み込みで通りすがりを36組も夫婦にした。 若い娘を連れて行ったりしたら、みんな伯父さんが飲み込んだってことになる。 いいじゃありませんか、幼馴染なんだから。 ごめんなさい、半ちゃん。 ついてくんな、駈け出すよ。 ほんとに、ごめんなさいね。 早いね、伯父の家、知ってんだよ。
ドンドン、伯父さん、小網町の半七です、「開けて下さい」。 腰をやっちゃって、婆さんを起こそうとするんだが、婆さん歯がないから、歯ぎしりでなく土手ぎしり、昔は八重歯が可愛かったのに、口を開けて洞穴のよう。 何を探している? 小網町で半鐘というから、火事がこっちに来ないように、17、8の頃の赤いお腰を探している。 物干しで、赤いものを振れば、火事がこっちに来ない。 半鐘じゃなくて、半七が来たんだ。 半七、半坊が来たんですか。 半七、碁将棋で締め出しを食ったんだ。 あいつの年頃は、俺はもててもてて、女払い棒を持って歩いたが、それでも袂(たもと)は付け文で一杯になった。 安政2年の話だ。
早く上がれ、後ろを閉めたらどうだ。 お連れさんがいるのか、早く言え。 安政2年に、とりかかりやがったか。 すべて伯父さんに任せろ。 まとめてやる。 二階へ上がれ。 床でもひいて待ってろ。 夜分にお邪魔いたしまして。 何もおっしゃらないで、こいつが無理に引っ張ってきたんだろう、そういう家系だ。 手すりをつかまって、手を取ってさしあげろ。 島田がつぶれるといけない、手拭を敷いて。 布団が一組ある。 お休みなさいませ。 婆さん、見たか。 斜め前の馬宿の娘、お花さん17、8、半七とは金の草履を履いてでも探せという一つ違い。 昔、富本のおさらいで、あなたが浅岡になって、私が三味線。 待ってました、ご両人! と声がかかった。 あなたは、蒟蒻のお化けみたいになって、震えている。 鮨屋の賤の小田巻(しずのおだまき)が、なかなか出てこないので、大騒ぎ、二人で手を取って逃げ出した。 20と19、未だに一つ違い。
お花さん、梯子を外されちゃいましたよ。 帯を解いて、半分ずつ、大宮と浦和、背中合わせに寝る。 「木曽殿が背中合わせの寒さかな」。 雨がサーーッと降って来て、篠突くような雨になった。 思わずお花は、半七の傍に寄る。 ピッカリ、ガラガラガラ! ピカッ、ピシーーッ! お花を抱き寄せた、半ちゃんの鼻の中に、お花のこめかみの油、白粉の香りが入ってきた。
ピカーーッ! お花の着物の裾が乱れて、白い脚が雷の光の中に浮かび上がった。 半七は、お花の背中に手を廻し、ギュッと抱き寄せる。 二人は、やがて夫婦になる、その馴れ初めの一席でございます。
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