春風亭一之輔の「欠伸指南」後半 ― 2025/07/19 07:11
「四季のあくび」より「夏」「舟遊びのあくび」。 大川筋で舟遊びをして、首尾の松あたりに着く。 白扇を煙管に見立てて、下を向かないで、こっちを見て。 揺れる。 おわかりですか。 わかんねえよ。 舟で、揺れてるんです。 「おい船頭さん、舟をうわてにやっておくれ、堀に上がって一杯やって、吉原(なか)へでも行って、粋な遊びの一つでもしてこようか、舟もよいが、一日舟に乗っていると……、退屈で、……タ・イ・ク・ツで……、アァーーア、ならねえ」とな。 まあ、こういう具合で。 兄貴、俺の求めていたものは、これだ。 おわかりいただけましたか、誰でも誤りはあります。 もういっぺん、やりますから、あなたもどうぞ。
「おい船頭さん、舟をうわてにやってくんねえか、堀に上がって、吉原(なか)へ出て、新造でも買って遊ぼうか、舟もいいが、一日舟に乗っていると……、退屈で、ならねえ」 芝居が、臭い。 (揺れ方が師匠のゆったりしたのと違い、ものすごく大きく揺れる)マグロ取りに行っているんじゃない、踊るように。 不器用だ、自然にとでもいうように。 (もう一度、大きく揺れる) それで、いいです。 テッ、オイ、ハッ、ハッ! 駕籠をかついでるんじゃない。 船頭が何人いるんです、バイキングじゃないんだから。
もう一度、やる。 「やってくんねえか」じゃなくて、「やっておくれ」です。 「堀から落っこって(デッ!)、吉原(なか)にツーーーッと繰り込むと、いつもの女が、ちょいとお前さん、最近は品川あたりで遊んでいるそうじゃないか、許さないよって、キューーッと脇腹をつねる(デッ!)」 自分なりにやらないで、さっきより悪い、芝居が臭い。 デッ!禁止。 エッ! 言ってもいいです、デッ! 「吉原(なか)にツーーーッと繰り込む」。 ツーーッは、いけない。 「舟もいいが、一日舟に乗っていると……、退屈で、ならねえ」(欠伸にならず、泣く) 止めさして下さい。
もういっぺん、お手本やります。 デッ!私まで。 コツは、鼻にかけてしゃべる。 (あくびをかみ殺しているのが、口の中から、鼻に抜けて)「舟もいいが、ヘッ、ハッ、ハックション」 くしゃみは、いけない。
(連れの男)なにやってんだ。 お前、渡し舟しか乗ってないだろう。 いい加減にしてくれよ。 教えて、習ってる、お前たちの方は、いいよ。 こちらの方は、「退屈で、タ・イ・ク・ツで……、アァーーア、ならねえ」 アッ、お連れさんは、ご器用だ、
春風亭一之輔の「欠伸指南」前半 ― 2025/07/18 07:18
一之輔は、紫色の羽織、黒の着物で、世界最高峰の落語会にようこそ、と始めた。 落語にも役立つと言われて、日本舞踊を習ったけれど、身に付かなかった。 「松の緑」で、おさらい会に出た。 お師匠さんが、お金がかかるわよ、と。 お金がかかるんですか? 当り前よ、素人なんだから。 それで、こちらは一応プロの落語家なんだから、落語をやって、チャラにしてもらうことにした。 いいわよ、色どりになるからと、師匠。 悪魔との契約のようだ。 「松の緑」、踊りは10分弱、一人で踊る。 すぐに頭が真っ白になって、判んなくなった。 師匠が、袖で踊ってあげると言ってくれたんだが、視力が0.1ないくらい、袖で着物の婆アが、もだえているだけ。 空白が、何時間にも思えた。 手拭が飛んできた。 私の踊りは、3分半TKO。
映画『国宝』を観て、びっくりした。 一年以上稽古して、あれをやったというので、腰が抜けた。 何とも言えなかった。 かみさんと観たんだが、俺、横浜流星でなくてよかった、と言った。 もしやったら、べらぼうに陳腐な『国宝』になっちゃう、ウチで洗濯して、便座の裏をきれいにして、座ってやれって、言われてるほうがいい。 吉沢亮なら、何とかなるかな、酔っ払って、隣の家に入って、小便する(「キャーッ! 言い過ぎ」、と女性の声)。 芸事は、身に付かない。
町内の稽古所、若い者が、教えてくれるお師匠さん目当てに行く。 二十七、八で、色白で、きれいだと……、最近はルッキズムとか問題になるが、古典落語やってんだから、しょうがない。 炬燵に、お師匠さんが弟子三人と入っている。 膝頭をコチョコチョする、女は怖い、手を握ったら、握り返してきた。 俺に気があるんだ、とニヤニヤ。 ハイ、お母さん、すぐ参りますよ、と立って行く。 ことによると、お前の手か? 三人で、円陣組んでいたりする。
稽古に、付き合ってくれないか。 小唄か。 あれは、師匠に断わられた。 こんどは、アクビだ。 アクビなんて、誰でも出るだろう。 その先を右に曲がって、三軒目、乙な年増が掃除してたんだ。 欠伸指南所と看板があった。 俺は、小さい時からアクビの稽古をしたかったんだ。 二十七、八、三十でこぼこ、色白で、うなじに、虫が住んでいるみたいな、粋なお師匠さん、とんと来たんだ。
エーーッ、ごめん下せえやし。 ハーーイ、どちらさんですか? 先日、掃除をなさっているとき、お会いして。 稽古をお願いしたいんで。 そちら様は、お連れ様ですか、ご一緒に稽古をなさるんで? つまらない濡れ衣だ。 そちらで、一服付けていて下さい。 どーーぞ、奥へ。
町内の若い者で、八五郎、商売はデェク、家を建ててます。 二十八、独り者で。 さいでございますか、少々お待ちを。
ウン、あなたですか、稽古をなさりたいってのは、オッホン、謙心斎長息と申します。 先ほどの方は? あれは手前の家内で。 看板かい。 今月、三度目だ。 そこで、笑うな。 何か、下地はおありかな? したじは、キッコーマンで。 欠伸の稽古をやったことは? そんな下らないもの、やったことはない、ハハハ! 習いに来た方に、言われたのは、初めてで。 早く、やってくれ! ペッと、やっちゃってくれ。
桂九ノ一の「軽石屁」 ― 2025/07/17 07:08
渋谷句会の翌日、7月11日は第685回の落語研究会、夕方からだから荒天も収まっていた。 桂九ノ一は、米朝一門、桂枝雀の弟子・九雀の一番弟子だから、九ノ一。 別嬪が出て来るかと思われたお客様は残念、野球部のマネージャーみたいな顔の男が出て来て…。 人間国宝の米朝からは曾孫弟子、「国宝」もだいぶ薄まっている。
「軽石屁」かるいしべえ、5人ぐらいしか演る人のいない、ほろんでる噺で。 喜六と清八が、伊勢参りから、近江八景へ回ろうと、鈴鹿の峠にかかる。 道を稼ぐのに山道を行き、喜六は足が痛い、休もうと言い出す。 茶店があって、お婆がいる、ぶぶをお一つ。 あんさん、足下手とは珍しい。 草鞋に足を食われてるんや。 喜いやん、駕籠を一丁、頼んで来い、土山の宿まで、足元を見られるから、足が痛いと言うな。
土山まで駕籠を頼みたい、足は痛くないけれど。 お客さん、足の痛そうな恰好をしてて、嘘の付けぬ人やな。 おーい、茶店へ戻れ。 駕籠屋さん、あいつはアホや。 そうらしい。 駕籠代はいくらだ? 一分。 二朱でどうだ。 とても、とても。 三朱は? それでは、三朱で。
お連れさんの駕籠は、どうします。 いらない、あれは奉公人だ。 あなた、旦那さんですか。 江戸の越後屋だ。 はて、大阪弁だったけれど。 駕籠賃は、供の者から受け取ってくれ。 もし、お供の衆、三朱です。 旦那さんのお荷物を、と受け取り、アイコラ、ホイと、出発する。 もう一丁は? 断ったよ。
茶店も、俺が払うのか。 土山までなら、お地蔵さんから一本道があるよ、街道を行くより近い。 清やんの駕籠の、先回りをして、仕返ししよう。 煮売屋で万屋、梅干と軽石五つ、上酒五合を買う。 金鎚を借りて、軽石をつぶし、五合徳利に入れる。 この酒を飲むと、オナラが出て、もがき苦しむ。 いたずら好きなんだ。 糠を入れる袋を使うんだが、五合徳利じゃなくて、一升徳利にするか。 ヒッヒッヒ!
お供の衆がいます。 えらい早かったな。 近道は、早かったんだ。 駕籠屋、酒はどうだ、飲んでみないか。 湯呑を二つ。 頂戴いたします。 えろう美味い酒だが、口の中で何かモロモロする。 もう一杯。 もう一杯。
ここで軽石の粉入りの酒でオナラが出る原理を説明します。 軽石は、火山の噴火で、噴き出したのが固まったもの。 それが胃の中で溶けて、ガスになる。
ヨッ、コラショ! ブーッ! 出来物、腫れ物、処かまいなし。 先棒も、堪忍して、スーーッ! 臭い、臭い、たまらん。 腹が、腹が…。 ハイコラ、ブーッ! ブーッ! ここで、降ろしてくれ。 さよなら、ご勘弁を、ブーッ! ブーッ!
清やん、これは俺の趣向や。 当てこすりに、やらしてもらった。 それで、軽石使うたんか。
「駒草」と「夏の海」の句会 ― 2025/07/16 07:10
駒草や中年登山老いやすく
駒草やたちまちガスに包まれて
駒草や整備のお蔭登山道
駒草やコーヒー淹れて小休止
夏の海ビキニも特攻訓練も
大島を幽かに望む夏の海
悠然とタンカー行き交ふ夏の海
私が選句したのは、つぎの七句。
遮るものなくて駒草揺れ止まず 孝子
駒草のへばりつきたるがれ場かな さえ
駒草までもう一ト息と殿に 礼子
あさまだき漁船待つ猫夏の海 耕一
夏の海沸き立つ雲の限り無く なな
夏の海教師またする点呼かな 照男
夏の濱ラムネの栓のぬける音 盛夫
私の結果。 <駒草やたちまちガスに包まれて>を英主宰、礼子さん、ななさん、照男さんが、<駒草やコーヒー淹れて小休止>を英主宰が、<悠然とタンカー行き交ふ夏の海>を美佐子さんが採ってくれて、主宰選2句、互選4票の、計6票。 ちょぼちょぼだったが、英主宰に2句も選んでもらって、救われた。
主宰選評。 総評、今日の句会と季題は、そうだそうだ、そういうこともある。 つらい道を歩いて山の上に着いて、はたまた夏の海で、と感じさせるものがあった。 私の句については、<駒草やたちまちガスに包まれて>…素直な句。見るものを、見ている。稜線が見えていたのに、急に見えなくなった。山登りによくあることが、見えてくる。 <駒草やコーヒー淹れて小休止>…おしゃれな人なんだろう。山の上でコッヘルなんかで、ちゃんとしたコーヒーを淹れる趣味の方がいる。それで一休みする、それがいいんだ。うまい句。
新発見の若冲と応挙の合作屏風 ― 2025/07/15 07:09
13日のNHK『日曜美術館』は「ザクザク!日本美術 知られざる傑作を掘り起こす」、大阪中之島美術館の「日本美術の鉱脈 未来の国宝を探せ!」展を、この展覧会を監修した山下裕二さんの解説、ゲスト井浦新さんで取り上げた。
一番最後に見たのが、新発見の伊藤若冲と円山応挙の合作屏風。 若冲と応挙は、今まで交流した証はなかった。 当時の京都で第一位の画家といわれた応挙と、十七歳年上の若冲、その二人の合作屏風は、まさに夢の競演である。 金箔張りをバックに、墨で描かれている。 円山応挙は《梅鯉図屏風》天明7(1787)年。 伊藤若冲は《竹鶏図屏風》寛政2(1790)年以前。 応挙の鯉は、立体的に描かれている。 若冲のは、雄鶏を雄渾に大きく、雌鶏と雛を描き、若冲得意の虫食いのある竹の葉を配している。
この合作屏風を見た辻惟雄さんは、こんなのがあったんだ、保存もいい、驚いたと大喜びした。 そして若冲の代表作だ、《動植綵絵》、西福寺(《仙人掌群鶏図》か)に次ぐ、№3ではないか。 雄鶏を濃い墨で、一気に描いている、水墨画の№1ではないか、と。 応挙の鯉は、左を意識していて、梅と合わせて、バランスが完璧。 日本美術の奥は深い、底が深い池を見たような気がする、まだ何が隠れているかわからない。
「ナンジャコリャ! 連発」という、この展覧会。 牧島如鳩(にょきょう1892~1975)の《魚籃観音像》。 小名浜の漁協に豊漁を祈って描いた絵。 イコンを描き、キリストと仏陀も同じ一つの「元愛」があるという考え。 笠木治郎吉(1862~1921)の《提灯屋の店先》《新聞配達人》。 横浜で外国人の土産物の水彩画を描く。 油彩のような力量のある作品を、気に入らないと描かない。 娘が1972年に、かさぎ画廊を開き、孫がインターネットで探して英米や国内から作品を集めた。 安藤緑山(りょくざん、1885~1959)の《胡瓜》超絶技巧の象牙彫刻作品。
ヘタ絵であるが、それゆえに美しい、愉快な絵。 《築島物語絵巻》(日本民藝館)胴から手の生えている人の形などはテキトウだが、馬だけはうまく描こうとして、蹄などがうまくいっている。 イノセントな、等身大の絵。 《かるかや》(サントリー美術館) 盃に花の散るのを見て、無常を感じ、身重の妻を残して出家した父を、子の石童丸が探す。 父は死んだと墓に案内する僧は、実は父の刈萱道心だった。 それを伝えに帰ると、母が亡くなっていた。 父と子は、同じ時に亡くなり、ともにあの世へ。 サントリー美術館の学芸員は、室町の中世絵巻は庶民が主人公のものが出てきて、登場人物の裾野が広がり、それを見る人の裾野が広がった、と。
長谷川巴龍の《洛中洛外図屏風》江戸時代(17世紀)。 史上一番下手な洛中洛外図。 二条城などは、がたがた。 署名に「法橋」とあるが、ギャグか。
山下裕二さんは、稚拙な美を求める文化は、日本には中世からあった。 ヨーロッパでは、税関吏だったアンリ・ルソー以来だ、と。
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