鶴見俊輔さんの「普通人(コモン・マン)」と佐々木邦「凡人伝」 ― 2026/07/01 08:17
25日の<等々力短信 第1204号>佐々木邦(くに)を、ご存知ですか?に、松井和男著『朗らかに笑え ユーモア小説のパイオニア佐々木邦とその時代』で、松井さん自身は佐々木邦のユーモア小説を、「サザエさん」の長谷川町子に近しいものと感じていると書いた。 それは実は、鶴見俊輔さんの指摘によるものだと、あった。
「哲学者の鶴見俊輔は大衆文学や漫画に日本人の生活に密着した哲学を探ったことでも知られるが、『長谷川町子の作品は、昭和前期の佐々木邦のユーモア小説をつぐもの』と指摘し、『普通の人間として生きてゆけばいい』という観点に立てば、『戦前のタイプの立身出世を信じている人がおかしく見える』し、『政府の命令一つで私生活を犠牲にして何でもするという気にならないことはたしかだ』という。鶴見は「普通の人間」を「普通人(コモン・マン)」と呼んでいるが、それは、肩書や地位を問題にせず、自分の頭でモノを判断する、自立したバランス感覚の持ち主であり、一つの「思想」なのである。(『サザエさん』の〈昭和〉(鶴見俊輔・斎藤愼爾編 柏書房 2006年)による)」
松井和男さんは、それを「凡人伝」という小説を使って、以下のように説明する。
佐々木邦に、自伝的な色彩の濃い「凡人伝」という小説がある。 主人公は旧制中学の英語教師で、十人の子供を抱え、その養育費を稼ぐため、夜学校を含め三つの学校で週四十九時間の授業をこなしたうえ、家庭教師を引き受け、受験参考書を執筆するという奮闘の日々を送っている。
あるとき、英語の教材として集めた文章のなかに「ナポレオン伝は何百冊とあるが、それを読んでナポレオンになったものは未だ嘗(かつ)て一人もいない。今日の社会でナポレオン伝よりも読んで参考になるのは凡人伝である」という言葉を見つけ、自伝の執筆を思いつく。
邦の母校をモデルにした「世間的に振るわない」ミッション・スクールを卒業。 「ロマンスぬきの結婚」をし、次々と子宝に恵まれ、今日に至った半生を振り返った末、「お互は子供を立派に育て上げる外に何も能がないようだ」「凡人の非凡事はせめて己を凡人と悟ることだ。そこに聊(いささ)かながら安心と立命がある」と得心する。
「ナポレオン伝」より「凡人伝」。 それは、明治以来の「立身出世主義」からの脱却であり、「普通の人間として生きてゆけばいいという安心」に通じる。 その普通の暮らしの肯定が「サザエさん」に受け継がれたのである。
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