小三治の「お茶汲み」本篇 ― 2013/01/09 06:35
日の陰ってきた刻限、角町(すみちょう)の突き当たりから二、三軒手前で、 若い衆と話している内に、登楼(あが)ることになった。 初会だから、安直 に、と。 トントントンと、引き付けへ。 どのお妓(こ)さんがよろしうご ざいますか。 上(かみ)から二枚目の女の子、新造。 三宝の上に、イカの 形をした煎餅が三枚、何人の客の前を素通りした煎餅かわからないから、茶だ け飲む。 パタン、パタン、パタン、上草履の音がして、どんな女だろうとワ クワクする。 女が障子を開けて俺の顔を見て、いきなりキャーッと言って、 駆け出して逃げちゃった。 安直という約束だから、飲むものも、食うものも ない。 やがて何事もなかったように入ってきた。 女が訳を聞いてくれるか い、と言う。 静岡の在の出で、同じ村の清三郎さん、清さんと好い仲になっ た。 夫婦(めおと)になりたいと、親の金をちょろまかして、二人で東京へ 出て来た。 時節を待とうと、それぞれの所に奉公したが、なかなか金は貯ま らず、時間も取れない。 ばったり会って、金をこさえる方法を話した。 女 が苦界とやらに身を沈めて、それを元手に商売を始める、頼むからと言うので、 そうした。 三年前の夏の初めのことだ、手紙をやったりとったり、優しい言 葉をかけてくれた。 半年経つと、まるっきり手紙が来なくなった。 男が体 をこわして二か月寝ているという。 神信心、お百度参りをしたけれど、あの 世とやらに行ってしまった。 清さんのことを思い出さない日は、一日もない、 メソメソメソと、泣き出した。 まだ、先がある。 まだまだ、かい。
さっき障子を開けて、お前さんが瓜二つ、清さんに生き写しなので、びっく りした。 よく似ている。 これをきっかけに、清さんの事は忘れるから、ち ょいちょい通っておくれ。 再来年には年期が明ける、おかみさんにしてくれ ないかい。 いいよ、いい女だから。 だけど、お前さんも、若い女と脇でい い仲になって、ポイッと捨てるんじゃないか、と思うとくやしくて、くやしく て、とまた泣き出した。
女の目の脇に、ホクロがある。 よく見ると、茶がらだ。 これを言っちゃ あ、お仕舞えよ。 昨日、今日の道楽じゃない。 女の扱いが一生懸命で、い い思いをしたよ、女が寝かせないんだ、腰はフラフラ、お天道様が真ッ黄色。
それでずっと、行くのかい。 茶がらだとわかって、誰が行くものか。 そ の後、俺が引き受けていいかな。 いいよ。 何ていう見世だ? 安大国(や すだいこく)ってんだがね。 名は小紫、二十一ってんだが、まあ二十四、五 かな。 いいね、色は年増に止めを刺すっていうからな。 おでこが広い、眉 (まみえ)が太くて、目が細い、色が黒くて、口がでかい。 まあ、いいや、 行ってみよう。
上から二枚目の女を頼む。 どうぞ、お登楼(あが)りを。 引き付けに座 ると、三宝の上に、イカの形をした煎餅が三枚、出て来たから、茶だけ飲む。 パタン、パタン、パタン、上草履の音がして、女が障子を開けたところで、男 の方からギャーッと大きな声を出す。 これには深い訳がある。 その話を聞 いておくれ。 俺は東京の者じゃない、生れは静岡の在だ。 あら、そうなの。 近所の若い女といい仲になって、夫婦になろうと思ったが、親達が承知しない。 二人で手に手をとって、東京に出て来た。 女が苦界に身を沈めて、元手をつ くるから商売をして稼いでくれというので、すまねえけれど、そうしてもらっ た。 初めは手紙をやったり、とったりしていたが、バッタリ手紙が来なくな った。 だんだん聞いてみると、病気で寝ているというじゃないか、神信心、 お百度参りをしたけれど、悪い病で、とうとうあの世に行っちゃった。 悲し くなっちゃってね、仕事も手につかない、その女のことばかり考えているんだ。
さっき障子を開けた時に驚いたのは、花魁(おいらん)がその女にそっくり、 瓜二つなんだ。 俺の女房そのものだ。 何て、情のある人だろう、あたし情 の濃い人が好きなのよ。 これから花魁の年期が明けるまで、通って来るから、 その時は俺の女房になってくれるか。 ぜひ、おかみさんにしておくれよ。 で もなあ、お前はこういうところにいて垢抜けているから、掃き溜めに鶴、近所 の若え男と出来て、俺は捨てられてしまうんじゃなかろうか、それを思うと心 配でしょうがない、泣けてくるのよ。
おいおい、花魁、どこへ行くんだ。 お待ちよ、いまお茶を汲んで来てあげるから。
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