春風亭一之輔の「欠伸指南」前半2025/07/18 07:18

 一之輔は、紫色の羽織、黒の着物で、世界最高峰の落語会にようこそ、と始めた。 落語にも役立つと言われて、日本舞踊を習ったけれど、身に付かなかった。 「松の緑」で、おさらい会に出た。 お師匠さんが、お金がかかるわよ、と。 お金がかかるんですか? 当り前よ、素人なんだから。 それで、こちらは一応プロの落語家なんだから、落語をやって、チャラにしてもらうことにした。 いいわよ、色どりになるからと、師匠。 悪魔との契約のようだ。 「松の緑」、踊りは10分弱、一人で踊る。 すぐに頭が真っ白になって、判んなくなった。 師匠が、袖で踊ってあげると言ってくれたんだが、視力が0.1ないくらい、袖で着物の婆アが、もだえているだけ。 空白が、何時間にも思えた。 手拭が飛んできた。 私の踊りは、3分半TKO。

 映画『国宝』を観て、びっくりした。 一年以上稽古して、あれをやったというので、腰が抜けた。 何とも言えなかった。 かみさんと観たんだが、俺、横浜流星でなくてよかった、と言った。 もしやったら、べらぼうに陳腐な『国宝』になっちゃう、ウチで洗濯して、便座の裏をきれいにして、座ってやれって、言われてるほうがいい。 吉沢亮なら、何とかなるかな、酔っ払って、隣の家に入って、小便する(「キャーッ! 言い過ぎ」、と女性の声)。 芸事は、身に付かない。

 町内の稽古所、若い者が、教えてくれるお師匠さん目当てに行く。 二十七、八で、色白で、きれいだと……、最近はルッキズムとか問題になるが、古典落語やってんだから、しょうがない。 炬燵に、お師匠さんが弟子三人と入っている。 膝頭をコチョコチョする、女は怖い、手を握ったら、握り返してきた。 俺に気があるんだ、とニヤニヤ。 ハイ、お母さん、すぐ参りますよ、と立って行く。 ことによると、お前の手か? 三人で、円陣組んでいたりする。

 稽古に、付き合ってくれないか。 小唄か。 あれは、師匠に断わられた。 こんどは、アクビだ。 アクビなんて、誰でも出るだろう。 その先を右に曲がって、三軒目、乙な年増が掃除してたんだ。 欠伸指南所と看板があった。 俺は、小さい時からアクビの稽古をしたかったんだ。 二十七、八、三十でこぼこ、色白で、うなじに、虫が住んでいるみたいな、粋なお師匠さん、とんと来たんだ。

 エーーッ、ごめん下せえやし。 ハーーイ、どちらさんですか? 先日、掃除をなさっているとき、お会いして。 稽古をお願いしたいんで。 そちら様は、お連れ様ですか、ご一緒に稽古をなさるんで? つまらない濡れ衣だ。 そちらで、一服付けていて下さい。 どーーぞ、奥へ。

 町内の若い者で、八五郎、商売はデェク、家を建ててます。 二十八、独り者で。 さいでございますか、少々お待ちを。 

 ウン、あなたですか、稽古をなさりたいってのは、オッホン、謙心斎長息と申します。 先ほどの方は? あれは手前の家内で。 看板かい。 今月、三度目だ。 そこで、笑うな。 何か、下地はおありかな? したじは、キッコーマンで。 欠伸の稽古をやったことは? そんな下らないもの、やったことはない、ハハハ! 習いに来た方に、言われたのは、初めてで。 早く、やってくれ! ペッと、やっちゃってくれ。