柳家蝠丸の「奥山の首」前半2025/11/09 07:45

 職人には、一風変わったタイプの人がいた。 いくら金を積まれても、気に入らない仕事はしない。 師匠の十代目桂文治、80歳まで元気で、昨年生誕100年、目がくりくりして高調子の声、職人タイプだった。 好きでやっていて、言葉に対するこだわりが強い。 楽屋で、突っ込んで来る。 「甥っ子がねえ」「姪っ子がねえ」と話していると、そういう言い方はない、甥や姪でいい、と。 言われた方が、生れを聞くと、「俺は江戸っ子だよ」と言って、突っ込まれていた。 お礼の言葉、「有難うございました」でなく、「有難うございます」じゃなきゃあ駄目。 「ました」では過去の話になる、「ます」は継続している。 この話になると、終わらなくなる。 テレビのインタビューで、アナウンサーが「有難うございました」と言ったのを、待ってましたとばかり突っ込んだ。 「ます」と言わなければいけないと、水を得た魚のように。 エンディングで、アナウンサーが「今日はお話を有難うございます」と言ってくれたら、文治は「有難うございました」と言った。

 江戸の上野広小路、男がぼんやり立っていると、ぶつかった奴が「気をつけろ、モク造! ぼんやりしてやがると、拳固の雨が降るんだよ」 「いつ頃?」 「今すぐだ、この野郎、この野郎」と、叩かれる。 「お前さんの方が、ぶつかったのに」。

 ずいぶん、打たれなさったね。 おかしいと思った、いまの奴、掏摸(すり)だよ。 (懐を触って)上手い! 田舎の人らしいが、江戸に身寄り頼りはあるのか? ない。 商売は? 大工。 あっしも大工、黒船町の政五郎という。 政五郎さん、あの有名な、と言いたいが、知りません。 家へ来ませんか、かかあと若い者だけで、かかあに文句は言わせない、近くだから。

 落語は無駄のない芸で、すぐ着く。 酒の支度をしろ、一杯やってくれ。 酒、駄目なんです。 いいから、ついでやんねえ。 一息に空けると、駄目なんです、一杯だけじゃあ。 十五、六杯、キューーッとやると、眠くなったから、寝る、と。

 名前も、生れも、聞いてない。 飛騨の高山。 名人、神様と言われる左甚五郎利勝と同じか、会ったことはあるかい? ある。 私も彫ったものを見たことがあるが、普段はぼんやりしている人だそうだ。 名前は? ある、匿名希望です。 あったけど、ドンとぶつかられた時に、わからなくなった。 あの時「気をつけろ、モク造!」って言われていたが、モク造はどうです。 それでいい、気軽に、「モックン」と呼んで下さい。

 明くる朝、頭、腰、膝が痛いといい、十日ほど、寝たり起きたりしている。 おかみさんが言う、どうするんだよ、二階のモク造。 ウチは、木造二階建だ。 ご飯時は、降りてくるけれど、今日もシャケ、明日もシャケ、毎日シャケ、ブリが食べたい、なんて言うんだよ。 それでブリを出したら、まあ久しブリーなんて言う、追ん出しておくれよ。 かかあに文句は言わせないって、引っ張って来たんだ。 上で、話をしておくれよ。

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