朝香宮鳩彦王のダンディーライフ ― 2015/04/30 06:35
先日パリから帰った人の話によると、爆買いの中国人は、かつての日本人の ように、ブランドのバッグの店に行列するのではなく、時計を買っているとい う。 日本には、いい時計があるが、中国にはないからだそうだ。
さて、朝香宮鳩彦(やすひこ)允子(のぶこ)ご夫妻の領収証である。 大 正13(1924)年4・5・8・9月の月平均で、パリでの朝香宮の平均総支出は約 1万3千円(平均値1円=7.22フランとして算出)、大正15(1926)年の内閣 統計局の家計調査によると、一般勤労者世帯の実支出が月91円、高い俸給で ゆとりのあった軍人将校の家計で480円だから、それぞれの142倍、27倍に なっている。 允子妃が、百貨店などで買物をするために時折、「御手許(ても と)金」が出されたが、5000フラン(約693円)で、勤労者世帯の収入の約 半年分にあたる。 建前上、公式の立場での滞在ではないとはいえ、大統領か らレジオン・ド・ヌール勲章が授与されるなど、日本の「皇族」に対してフラ ンス政府の敬意が表明されており、時に国家を背負い、代表し、いわゆるノブ レス・オブリージュを果たすためにも、体裁を保つ経費は必要だったと、青木 淳子さんは書いている。
大正11(1922)年12月パリに着いた鳩彦王一行は、まず凱旋門から数分の マジェスティックホテル(現、ザ・ペニンシュラパリ)を8室使って滞在した。 すぐスポーツ用品のウィリアムス商会でスキー用のウェアなどを買い、スイス のシャモニーにスキー旅行に出かけ、同じ名のホテルに週5000フラン払い、 寒かったのか帰ったパリの毛皮専門店マックスで8500フランのカワウソのコ ートとマフを購入した。 その三日後、十六区の「テニスクラブ・パリ」に一 年分預け金800フランで入会、さらにソシエテ・ド・ラ・プールの「ゴルフ パ リ」に一年分預け金1020フランを支払っている。 一行は、当時牡蠣料理で 有名だったレストラン、プリュニエによく通い、到着早々も140フラン払った。 10日もたたず、シャンゼリゼに今も残るルドワイヤンで99フランのランチ、 翌1月には、鴨料理で有名なセーヌ河沿いのトゥールダルジャン(銀の塔)に も行き、6名で約620フラン、鴨やワインを堪能している。 この当時の塔の 絵入りの領収書は、現在のトゥールダルジャンでも所有していないため、貴重 な史料といえるそうだ。
その1月、2回に分け自動車会社ヴォロザンにそれぞれ2万6千フランを払 っている。 到着当初はハイヤーを利用していたが、アパルトマンに移るので、 自動車を購入したと推察される。 この30年ほどの内に、パリは馬車から自 動車の時代に様変わりしていた。 愛車イスパノスイザの前に立つ、朝香宮夫 妻の写真がある。
鳩彦王は到着早々、オースマン大通りの紳士服店ヴォワザンで、三つ揃いの スーツ、ホームスパンの上下を注文している。 滞在二年目には、本店がロン ドンのサヴィル・ローにあるヘンリー・プールのパリ店で、スーツやスモーキ ングジャケットをつくっている。 スモーキングジャケットは、葉巻を楽しむ 時に、香りが他の衣服に移らないように着用するもので、いわば紳士のたしな みに必要な衣服なのだそうだ。 シャツの専門店シュルカでは、イニシャルの 「YA」のモノグラムを刺繍したハンカチやシャツを、英国仕立てのシャツ専門 店ウィルキンソンでは白いカラー(襟)を注文した。 「YA」のイニシャルは、 エルメスでつくった乗馬用鞭にもあしらわれている。 1920年代はエルメス社 の過渡期で、それまでの馬具だけでなく、第一次世界大戦後、社会に出て働き 始めた女性たちのために、バッグや革小物を作り始めたのだという。 朝香宮 ご夫妻が暮したパリは、まさに近代ヨーロッパにおける消費社会の変革の時期 でもあったのである。 ルイ・ヴィトンでは、ワードロープ・トランクと靴ケ ースを購入している。 その領収証には、おなじみのLとVのモノグラムが入 っていて、このモノグラムはヴィトン家のキッチンの床のイスラム風の花タイ ルと日本の家紋がヒントになったという挿話が語られている。
小人閑居日記 2015年4月 INDEX ― 2015/04/30 07:05
6583 白鳥の新作、さん喬「時そば」のマクラ<小人閑居日記 2015.4.2>
6584 新真打、金原亭馬玉の「転宅」<小人閑居日記 2015.4.3.>
6585 「スマホを止めて、本を読もう」の反響から<小人閑居日記 2015.4.4.>
6586 「本を読もう」、『暮しの手帖』春号から<小人閑居日記 2015.4.5.>
6587 福沢の徳川家康評価と「ペルリ紀行」<小人閑居日記 2015.4.6.>
6588 福沢「未完の文明論」の手がかり<小人閑居日記 2015.4.7.>
6589 柳亭こみちの「金魚の芸者」<小人閑居日記 2015.4.8.>
6590 三遊亭兼好の「花筏」<小人閑居日記 2015.4.9.>
6591 扇遊の「長屋の花見」<小人閑居日記 2015.4.10.>
6592 一朝の「蔵前駕籠」<小人閑居日記 2015.4.11.>
6593 喬太郎「宮戸川」〈全〉前半<小人閑居日記 2015.4.12.>
6594 喬太郎「宮戸川」〈全〉後半<小人閑居日記 2015.4.13.>
6595 「春の宵」と「昭和の日」の句会<小人閑居日記 2015.4.14.>
6596 小泉八雲、鳩の鳴き声の版画<小人閑居日記 2015.4.15.>
6597 「スマホやめますか、信大生やめますか」<小人閑居日記 2015.4.16.>
6598 高校生に「IT断食」を体験させる<小人閑居日記 2015.4.17.>
6599 「ボッティチェリとルネサンス―フィレンツェの富と美」展<小人閑居日記 2015.4.18.>
6600 Bunkamuraル・シネマでウディ・アレン<小人閑居日記 2015.4.19.>
6601 映画『マジック・イン・ムーンライト』<小人閑居日記 2015.4.20.>
6602 「ブラタモリ」京都編、新京極と御土居<小人閑居日記 2015.4.21.>
6603 長崎は長い岬、坂は居留地、平地は埋立<小人閑居日記 2015.4.22.>
6604 「長崎の近代化は海から」<小人閑居日記 2015.4.23.>
6605 長崎の海には炭鉱があった<小人閑居日記 2015.4.24.>
6606 “ふるさとコレクション”泳ぐ「大名行列」と「女の都」<小人閑居日記 2015.4.25.>
短信 6607 イラストレーター、安西水丸さん<等々力短信 第1070号 2015.4.25.>
6608 「4月の風」に吹かれ銀座、日本橋、四谷<小人閑居日記 2015.4.26.>
6609 民藝品店「銀座たくみ」の肘掛椅子<小人閑居日記 2015.4.27.>
6610 民芸をプロデュースした吉田璋也<小人閑居日記 2015.4.28.>
6611 領収証から見る朝香宮ご夫妻のパリ生活<小人閑居日記 2015.4.29.>
6612 朝香宮鳩彦王のダンディーライフ<小人閑居日記 2015.4.30.>
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