扇遊の「長屋の花見」2015/04/10 06:33

 日本には四季がある、春、さわやかな季節だが、「爽やか」は季語では秋なん だそうで。 春、前向きな、素敵な季節で、日本中、お花見になる。 青いシ ートの場所取りは、新入社員の役目。 お相撲さんは、志願して行く、早く関 取になりたいのかな。 娯楽のない時分には、庶民の楽しみだった。 たいへ んな人出。 花見、どうだった? 花? あったかな。

 大家が呼んでる、チンタナのことじゃないか。 どうしようってんだ。 催 促だろう。 ずうずうしい。 お前なんぞ、どうだ。 きまりわるい。 一つ、 持って行ってある。 半年か、一年…、二年…、三年か。 だったら、大家が 礼に来る。 長屋へ越して来た時に、一つ、持って行った。 今年で、十八年 になる。 俺も、一つ。 親父の代に。

 もっと、こっちに来な。 タナチンのことじゃないよ。 タナチンを入れる のは、当り前だ、雨露をしのぐ家だ。 雨のしのぎにくい家だ、重石の代りに 住んでいる。 世間で、貧乏長屋、戸なし長屋って、言ってる。 戸なしって、 何だ。 朝起きて、飯炊くのに使った。 泥棒でも入ったら、どうする。 入 ったって何もない、こっちから出る。

 花見に行く連中は、悪魔っ払い、貧乏神を追っ払うって、行く。 上野の山 は見頃だ、<くむ酒はこれ風流の眼(まなこ)なり月を見るにも花を見るにも >、一升壜を三本、肴を切溜に用意した、花見に行かないか。 肴は、玉子焼 に、蒲鉾だ。 万歳、上野の山どころか、カムチャツカでも行きます。 月番 は、幹事で働いてくれ。 来月の月番のわっしも。 胸に徽章をつけますか、 サイダーの口金。 子供が兵隊ごっこしてるんじゃないよ。 断わっておくけ ど、酒は、本物じゃない。 番茶を煮出して、水割って薄めた。 お茶け、で すか。 肴が本物ならいい。 大根のコウコを、月形に切ったから、蒲鉾だ。  玉子焼は、沢庵。 ほかに干物が二匹宛ある。 どこに? 切溜の隣に、袋に 入っている。 これシラス干しですよ。 干物だよ。 これで万歳するかい、 二十日鼠じゃあるまいし。 毛氈が、へっついの脇にある。 ムシロですよ。  ないより、いいだろう。

 酒はめいめいに持って、月番、毛氈をかつげ。 出てもよろしゅうございま すか、ご親戚の方もお揃いで…。 一昨年、らお屋の爺さんが死んだ時も、お 前とかついだな、雨がショボショボ降っていた。 静岡の甥っ子に、電報を打 ちに行った。 銭がないから、ポストに放り込んだ。 そういえば、骨上げに 行ってねえ。 こらこら、つまらねえ話をするな。 次にかつぐのは、歳から 言って、大家だろう。

 <大名も乞食も同じ花見かな> あの女の衣装、千両はかかっているな。 俺 たちは、いくら位かな。 四十五銭。 大の男が二人でか。 ビール瓶二本つ けるから、五十銭でどーーだ。 もっと、大きな事を言って歩け。 最近、札 で鼻をかまないね。 このへんでいい、擂鉢山の天辺だ。 下の方がようがす よ、ことによると、ゆで卵なんかがころがってくる。 毛氈! 気がつかない な、毛氈のムシローーッ!

 じゃあ、皆さん、お平らに、お平らに、どんどんやっておくれ。 積りにな らなきゃあ、いけねえ、今月の月番、幹事だから、酌して回んな。 酒飲んで、 ふるえたの、初めてだ。 色だけは本物だ、一献、献じよう。 一人でも、抜 かしちゃあ、いけない、予防注射と同じだ。 俺は、蒲鉾の葉っぱが好き。 玉 子焼をくれ、シッポじゃないほう。 幹事だから、酔え。 灘の生一本だ。 宇 治かと思った。 辛口でも甘口でもなく、渋口だ。 この酒を飲むと、小便が 近くなる。 花びらが浮かんだよ。 大家さん、近々、長屋にいいことがあり ますよ、酒柱が立った。