柳亭市馬の「松曳き」後半 ― 2026/05/17 07:23
火急の用事で、小屋にお戻り下さい。 お帰りなさい。 国表から早飛脚が届いております。 薄墨だな、ようわからん。 裏返しかと、存じまする。 わかっておる、鎌倉以来の約束事じゃ。 「御殿お姉上様ご死去」、これは大変と、驚愕し、手紙を懐に入れ、城に戻る。
殿! 三太夫、戻ったか。 国表より早飛脚が届いておりまして、人払いを願います。 「お姉上様ご死去」とのこと、お悔やみを申し上げる次第でございます、ご愁傷様で…。 姉上、亡くなられたか、おいたわしや。 して、何時何日(いついっか)のことか? 何時何日か、うっかり致しました、早速、小屋に帰りまして、確かめて参ります。
小屋に戻り、さきほどの書面を懐に入れていたのを忘れて、さんざん探す。 懐をさわって、これかと、ようやく見つけて見れば、「御貴殿お姉上様ご死去、御年八十五歳」とあった。 大変な失態だ、どのツラ下げて、いさぎよく一服いたそう、いや切腹じゃ。 煙草盆でなく、俎板の包丁を。 殿様に間違いであったと正直に申し上げれば、百日の謹慎で済むこともございましょう、切腹はお止まりを、暑さ寒さも彼岸までと申します。
衣服を改めて、三太夫奴にございます、生来の粗忽者で、そのために一命を落とすこともあろうかという、親の叱言が身に沁みております。 「御貴殿お姉上様ご死去」を、「御殿お姉上様ご死去」と、読み間違いました。 平に平に、お許し下さいますよう。 たわけ者め、手討ちも刀のけがれ、切腹じゃ。 小屋で、切腹じゃ。 心より御礼申し上げます、殿の武運長久をお祈りしております。 下がれ、下がれ! では! おっ、三太夫待て! 切腹には及ばん、余に姉はなかった!
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