柳亭市馬の「松曳き」前半2026/05/16 07:11

 粗忽の人、忘れやすい人の噺で。 三代目の小さんは、その権化のようで、寄席から帰ると、羽織を二枚、煙草入れを五、六個、持って帰っていたりしたという。 師匠の五代目小さんも、そそっかしいのが、記憶に新しい。 新宿の寄席へ行かずに、池袋へ行って、「うん、間違えたな」と言うが、新宿へは行かない。 筆頭は、亡くなった長嶋茂雄さん、世界中が知ってる。 現役時代、負けた試合のロッカールームに、赤い手袋の柴田勲さんが小銭を置いてあった。 それを長嶋さん、ヒョイと持って行ったので、柴田さんが私のだと言うと、「ごめん、ぼくのに似ていたから」と。 そそっかしい人に、悪い人はいない。

 殿様の赤井御門守と、用人の田中三太夫、二人ともそそっかしい、同病相憐れむ。 三太夫、築山の杉? 桜? いや赤松を泉水べりに曳きたい。 先代様お手植えの松、枯れては遺徳を損なうかと存じますが…、いかがいたしましょうか。 餅屋は餅屋と申しますから。 三太夫、餅屋を呼んでくれないか。 餅屋、植木屋の棟梁、八五郎があちらにおります。

 「植木屋ーーッ!」 大将、親玉が呼んでる、聞こえないふりをしよう。 待てよ、田中というおじさんだ。 後ろに隠れていよう。 「これ、餅屋、植木屋」。 何か、御用で。 御前で、言上してもらいたい。 慇懃、丁寧に申し上げろ、前に「お」をつけ、後に「ござる」「たてまつる」をつけるんだ。 「おっ、たてまつる」で。 失礼があったら、尻をつつくから。

 それに、控えてなさい。 八五郎、もそっと、これへ。 前へ、はじけろ。 挨拶するんだ。 「おコチトラ、おガキノジブンカラ、拝啓、前略、こんにちは」。 何を申しているのか、さっぱりわからぬ、無礼講だ、朋友に申すように申せ。 ホーユー? 友達のことだ。 殿様、苦労人だね。 じゃあ、殿様。 胡坐(あぐら)はいかん。

 築山の赤松を泉水べりに曳きたい。 先代お手植えの松、枯らしてはいかん。 心配ねえ、太い根の根回しをして、スルメを巻いて、油粕をたっぷりやれば、大丈夫で。 そうか、そのほうササは食べるか。 植木屋ですが、笹は食いません。 酒のことで…、浴びるほど飲みます。 膳部をこれに持て。 朋輩も呼んでかまわぬ。 おい、みんな集まれ、殿様がご馳走して下さるそうだ。 そこへ、用人の田中三太夫に火急の用事が届いた。