桂宮治の「江島屋騒動」前半2026/05/14 07:09

 「笑点」の桂宮治、初めて聴く。 袖で一礼して、高座へ。 灰色の羽織に、白の着物。 どこの誰だかわからないでしょうが、30歳の時(桂枝雀の)動画を見て、落語の面白さを知り、桂伸治に入門、それから18年で落語研究会の仲入り前を、それも芸協(落語芸術協会)所属で、務めることになりました。 よみうり大手町ホール、近くに首塚もあり、誰もいない時は妖しいものが集まりやすい、20体ぐらいいて、しゃべったり、パワーを出したりしている人に、入りやすい。 聴いている人にも入る、見渡すと、夜中に二度はお手洗いに行く方ばかりだけれど、お客様には安心な手がある、落語家にご祝儀を渡せば大丈夫で。

 これは実際にあった話で、友達に大田区でタクシーの運転手をしているのがいる。 ある日、夕立になり、大きなお寺の前で、ずぶ濡れのおばあさんを乗せた。 行先を聞くと、お化け屋敷といわれている場所だった。 走り出すと、雨は上がったが、日が暮れた。 着きましたよ。 返事がないので、後ろを見ると、誰もいない。 全身、鳥肌が立った。 背もたれがびっしょり濡れている。 ギャーーッ! すると、おばあさんも、ギャーーッ! 落とした小銭を、拾っていた。 生きている人間が、一番怖い。 隣にいる人が、怖いかもしれない。 お隣の人を見ないように。

 天保の頃、江戸の芝日蔭町に江島屋というイカモノを売る古着屋があった。 イカモノというのは、針も糸も利かない着物を糊付けなどしてあり、雨で濡れたりすると、グズグズになる。 その江島屋の番頭の金兵衛が、極月というから12月、下総に掛取りに出て、道に迷った。 原の中で人家がない、日が暮れて、空から白いものも落ちてきた。 (ここで、照明が暗くなった。開演前、演出上、誘導灯を消灯するので、場所を確認しておいて下さい、とアナウンスがあったのは、これだった。メモができなくなり、2024年5月21日第671回落語研究会の柳家蝠丸の「江島屋怪談 恨みの振袖」を、おおむね参考にした)。

 遥か向うに灯が見えた。 一軒の農家、軒が傾いたあばら屋。 旅の者ですが、道に迷って、一晩泊めていただけないか、と声をかける。 戸を開けて、こちらにお入り、囲炉裏で足を温めなさい。 一人の女、歳がわからない。 ゴマ塩の髪が垂れ下がり、鼻が高い、胸がはだけて、骨と皮ばかり、猫背で、前へ乗り出す。 その姿は、鬼婆だが、上品な人柄。 娘に先立たれ、世捨て人、乞食同然の暮らしだと言う。 向うの部屋で休めといわれ、二畳の板敷に横になり、寝込んだ。 妙な臭いがするので、障子の破れ目から覗くと、老婆が友禅の振袖を破いて、火の中に入れている。 囲炉裏の灰の中に、何か字を書くと、そこに火箸を突き立てている。 これは、逃げたほうがいいか。

 覗きましたな、旅のお方、囲炉裏端へ。 言葉からおわかりでしょうが、私は江戸の生まれで、下総の大貫村へ、夫の蔵岡玄庵は医者だったが早く亡くなり、一人娘が残った。 器量がよいので、名主の息子に見初められ、どうしてもということで五十両の支度金を下さった。 十月三日が婚礼ということになり、急ぐので染めている暇はなく、江戸の古着屋で婚礼衣装を整えた。 その友禅の振袖が「イカモノ」でして、婚礼当日、馬に乗って嫁入りの途中、にわか雨に降られ、濡れて先方に着いた。 花嫁が客の給仕をする習わしだったが、客の一人が娘の着物の裾を踏んだ。 糊付けの「イカモノ」の腰から下が剥がれ、万座で大恥をかいた。 名主が怒って、こんな嫁を貰うわけにはいかぬ、五十両返せ、と。

 明くる朝、娘の姿がない。 神崎(こうざき)の土手に、娘の履物が見つかり、木の枝に着物の片袖がかかっていた。 身投げをして、死んだのだ。 金を返せないので、村から追われ、この鎌ケ谷新田に移って来た。 婆アの執念で、憎い古着屋を呪い潰す、三七、二十一日の万願の日だ。 何という古着屋で? 柱に受取りが貼ってある。 芝日蔭町の江島屋治右衛門。

 金兵衛の顔色が変わった。 私も古着屋の番頭ですが、江島屋は存じません。 懐から金を出し、偉い坊さんでも呼んで、お経を上げてもらって下さい。