ジェーン・スーさんと東京生活者の既得権益2017/08/16 07:30

 新潮社のPR誌『波』の連載で、いま読んでいるのは佐藤賢一さんの『遺訓』 と、8月号の18回が最終回になったジェーン・スーさんの『生きるとか死ぬと か父親とか』だ。 『遺訓』については、連載開始の頃、下記を手始めに、西 郷隆盛と福沢諭吉の関係、福沢の『明治十年 丁丑公論』などについて書いた。

佐藤賢一さんの小説『遺訓』と鶴岡<小人閑居日記 2016.2.23.>

http://kbaba.asablo.jp/blog/2016/02/23/

 今日はジェーン・スーさんの『生きるとか死ぬとか父親とか』についての話 だ。 とても面白く読んだ。 ジェーン・スーさん、作詞家、音楽プロデュー サー、ラジオのパーソナリティだそうだが、まったく知らなかった。

 第1回の「この男、肉親につき。」、元日に77歳の父と42歳の娘が、護国寺 へ18年前に死んだ母の墓参りに行く。 父と娘はふたりだけの限界家族だが、 バラバラに暮している。 前回の墓参に、父は真っ赤なブルゾンに娘が買って あげたボルサリーノの中折れ帽をかぶり、首にはクリーム色のカシミアマフラ ーという、司忍かと思う出で立ちで現れた。 なかなか良く似合っていたので、 娘は「とても文無しには見えないよ!」と最大級の賛辞を送った。 外車でも 乗り回していそうな出で立ちが栄えるこの男には、全財産をスッカラカンにし た前科がある。 まあ自分で稼いだ金だし、娘が保護下にあるときにお金のこ とで困ったことは一度もないので(ジェーン・スーさん、フェリス女学院大学 卒だそうだ)、それはそれで良いのだけれど、それにしても大胆になくしたな、 と娘は感心する。

 石屋のおかみさんにも「あら、今日は赤いブルゾンじゃないの?」と言われ、 地下鉄で知らないおばあさんから「素敵ね! 私、その色が大好きなの!」と声 をかけられたこともあった。 「俺はババア専門なんだ」と言う。 墓参の後、 ふたりで音羽のロイヤルホストに行く。 以前はホテルオークラを懇意にして いた父は「ファミレスなんて味のわからない馬鹿が行くところだ」とずっと悪 態をついていたのに、今は「ロイホを馬鹿にする奴はわかってない」と同じ口 で平気で言う。

 間を抜いて、たちまち最終回。 娘は、唐突に父から「申し継ぎ」と称する 淡い遺言のようなメールを受け取る。 「お母さんの好きだった老舗は次の通 りです。最中の空也、楊枝のさるや、刃物のうぶけや、はんぺんは名前を忘れ ました。すき焼き肉は日山」。 娘は、空也の最中を食べたことがあるだけで、 ほかは馴染みのない店ばかりだった。 父が一度、娘を連れて、店を回りたい というので、ふたりで人形町へ行く。 父は、紙袋に母の六寸の出刃包丁を下 げてきていて、うぶけやで研ぎに出した。 壁には江戸文字で書かれた東都の れん会のポスターが額装して飾られている。 とらや、豆源、いせ辰、更科堀 井、言問団子、父が名前を失念していた神茂も名を連ねている。 母が死んで 二十年という話になったので、娘が創業から何年ですかと無難な質問をすると、 「初代が亡くなってから、二百三十年になります」と、年下と思しき店の女性 が、まるで二百三十年をつぶさに見てきたような口調で答えた。 父と娘は、 さるや、神茂と回る。

 ジェーン・スーさんは書く、「思うに、母が私に引き継ごうとした東京生活者 の既得権益を、私はいままで有効活用してこなかったのだろう。そんなものが 存在していることさえ気付いていなかった。今日、それらを父が私の手元に引 き戻してくれた。」 閑居老人の私は、思わずニヤリとした。 それは、また明日。