公民権運動の拡大、キング牧師の「私には夢がある」2026/01/12 07:23

 モントゴメリー市での勝利を受け、1960年には、ノースカロライナ州のグリーンズボロで、白人専用のランチ・カウンター席に地元の黒人学生が「座り込む」という抗議行動を開始した。 この「座り込み」という新たな戦術による抗議行動は、南部各地に急速に広まっていった。 1961年には、州と州の間を結ぶ長距離バスで続いていた人種隔離に対して、白人を含む活動家が抗議行動としてのバス旅を宣言し、南部各地の停車駅で隔離法を無視した施設利用を実行する「フリーダム・ライド(自由のための乗車運動)」が始まり、アラバマ州では参加者に対する暴力事件も発生した。

 1963年には、これらの多様な戦略による南部各地での大規模な大衆抗議行動が世界にも報じられるようになり、ジム・クロウ社会(黒人差別体制)を根底から揺さぶっていった。 ジョン・F・ケネディ大統領は、運動の高まりだけでなく、公民権運動活動家に対する暴力行為の頻発を受けて、何らかの具体的な対応をせざるを得なくなった。 同年6月、ケネディは公共施設における人種隔離の撤廃、公正な雇用機会の確保、投票権の保障など、幅広い内容を含む公民権法案を議会に提出した。

 その二か月後の8月28日、公民権運動の指導者たちはこの法案の早期の法制化を求めて、首都ワシントンでの行進と集会を開催し、猛暑のなか全国から集まった参加者は20万人を超えた。 集会の最後に参加者の前に立ったマーティン・ルーサー・キング・Jr牧師は、「私には夢がある」という一節を繰り返す演説を行い、モントゴメリー以後の公民権運動を象徴するメッセージとなった。

 1964年、前年の11月に暗殺されたケネディを引き継いだリンドン・B・ジョンソン大統領の下で公民権法が成立した。