半藤一利、保阪正康、加藤陽子の目で近現代史を見直す2026/01/07 07:18

2020年にも、近現代史の見直しに関連することを書いていた。 まず、学術会議任命除外、加藤陽子東大教授の本<小人閑居日記 2020.11.25.>に下記の「司馬遼太郎で歴史の理解が止まっている人」を引用し、その後、12月9日まで、池澤夏樹さんの小説『また会う日まで』について、書いていた。 池澤夏樹さんは、戦争末期、追い込まれて行く戦況に滅法詳しく、日本を取り巻く国際情勢にも精通しているMという人物を登場させる。 2023年には池澤夏樹さんの連載を終えて、という一文が出て、あの戦争を今の視点から、つまり半藤一利と保阪正康と加藤陽子の目で見直したかった、それがMだと判明した。 その一連を読むと面白いので、一覧表をつけることにする。

    「司馬遼太郎で歴史の理解が止まっている人」<小人閑居日記 2020.3.30.>

 日本中世史の呉座勇一国際日本文化研究センター助教、『応仁の乱』(中公新書)と、『陰謀の日本中世史』(角川新書)が大ヒットした。 どちらも読んでいないが、テレビや新聞の連載などで、その主張はよく目にする。 加藤陽子さんの『天皇と軍隊の近代史』(勁草書房)の書評(朝日新聞1月11日朝刊)を読んで、頭をど突かれた思いがした。 「近代史においては、歴史像が更新されていくスピードが特に速い。司馬遼太郎の『坂の上の雲』や『この国のかたち』で理解が止まっている人が本書を読んだら驚くだろう」とあったからだ。

 日清戦争について、かつては陸奥宗光外相の回顧録『蹇蹇録(けんけんろく)』に引きずられて日本側が意図的に戦争に持ち込んだと考えられてきたが、近年の研究では伊藤博文らの戦争にはならないという根拠のない楽観が背景にあることが解明されている、という。 日露戦争に関しても、日本の世論は戦争を支持していたというのが古典的な理解だったが、以後の研究では日本国民のかなりの部分が厭戦的だったことが指摘され、三国干渉への怒りに燃えた日本国民が臥薪嘗胆してついにロシアに勝利するという「物語」は日露戦争後に生み出されたという。

 ただ、最重要な表題の「天皇と軍隊」の関係については、本の説明を受けても、まだ釈然とせず、今後も考え続けるべき難題だとする。 それは、明治の軍人勅諭で政治への介入を厳しく戒められた帝国陸軍がなぜ昭和期に政治化したのか、「天皇の軍隊」であるはずの彼らがなぜ昭和天皇の非戦の意思をふみにじったのか、だ。

学術会議任命除外、加藤陽子東大教授の本<小人閑居日記 2020.11.25.>
加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』<小人閑居日記 2020.11.26.>
「政府の処置に不安心と思うことあらば…」<小人閑居日記 2020.11.27.>
前川喜平元文科事務次官の談話<小人閑居日記 2020.11.28.>
学問は「永遠の大計」を探るもの<小人閑居日記 2020.11.29.>
1938年の『帝大騒動』に似る、と古川隆久教授<小人閑居日記 2020.11.30.>
池澤夏樹さんの小説「また会う日まで」<小人閑居日記 2020.12.1.>
海軍兵学校の普通学、三角法の最初の授業で<小人閑居日記 2020.12.2.>
鈴木貫太郎中将、1918(大正7)年のスピーチ<小人閑居日記 2020.12.3.>
日露開戦前夜、海防艦「春日」をイタリアから回航<小人閑居日記 2020.12.4.>
天皇陛下、1937(昭和12)年水路部でお言葉<小人閑居日記 2020.12.5.>
秋吉利雄の親戚関係<小人閑居日記 2020.12.6.>
熱心な信徒、妹・トヨが未婚のまま懐妊<小人閑居日記 2020.12.7.>
三四郎池で福永末次郎に無理難題を<小人閑居日記 2020.12.8.>
ダンシタンジヤウ」タケヒコトメイメイ<小人閑居日記 2020.12.9.>
映画『丘の上の本屋さん』<小人閑居日記 2023.4.11.>
保阪正康さんの『最後の講義』<小人閑居日記 2023.4.12.>
「証言を聞くには、人間を見抜く眼が必要」<小人閑居日記 2023.4.13.>
戦争体験の教訓を、未来に語り継ぐ<小人閑居日記 2023.4.14.>
池澤夏樹さんの『また会う日まで』のM<小人閑居日記 2023.4.15.>
Mが書こうとした歴史を喜ばない者がいた<小人閑居日記 2023.4.16.>
Mの正体は、半藤一利、保阪正康、加藤陽子<小人閑居日記 2023.4.17.>