白洲正子著『名人は危うきに遊ぶ』2011/04/18 06:51

 白洲正子さんに『名人は危うきに遊ぶ』(新潮社)という随筆集がある。 「あ とがき」を読むと、1995(平成7)年11月25日発行、精興社の最後の活版刷 の本で、その年夏に荻生書房から刊行(前年10月30日と奥付にはある)され た限定八十部の特装本の普及版で、同じ書体で刷られている。 精興社の活版 について白洲さんは、「平安期以来、少しづつ姿を変えてつづいた日本の活字の、 その中でも特に美しいとされている」と、書いている。 特装本は、白洲さん の友人の安土孝さんという方の企画制作で、実際の仕事は弟子筋に当る森孝一 さんが担当、題字も装幀の布も、見返しの倭建命の歌も、田島隆夫さんの直筆、 本文の紙は越前の三椏の特別漉だったという。 普及版の題字は田島隆夫さん の字だが、倭建命の歌はなく、カバーの布地は志村ふくみさんのものが使われ ている。

 私がこの本を手にしたのは、随筆の中に「十一面観音について」「西行と私」 「熊谷守一の「日輪」」という題を見たからで、何か「白洲正子」展につながる 記述があるに違いないと、思ったからだった。 「わが青春の愛読書」という 文章がある。 14歳から4年間アメリカに留学していた白洲正子さんは、日本 に帰ってから何となく宙に浮いたような感じだったという。 何をしていいか わからない。 わからないままにやたら旅に出たくなり、奈良や飛鳥のあたり をがむしゃらに歩き廻っていた。 その時、出合ったのが和辻哲郎の『古寺巡 礼』で、桜井の聖林寺の十一面観音についての描写と、小川晴暘氏の美しい写 真に心ひかれて、訪れた強烈な体験が40年を経て『十一面観音巡礼』の本を 書くことにつながったという。

 精興社は、岩波書店の『漱石全集』や、すえもりブックスの絵本などの印刷 をした会社として、ずっと以前から承知していた。 高校の同窓会の会報の立 ち上げに参画した時、たまたま社長さんが先輩だということがわかり、印刷を 引き受けてくれることになったので、打ち合わせや校正に、何度か神田錦町の 本社にお邪魔したことがあった。