辻井喬さんの「日本人のゆくえ」 ― 2012/03/17 04:51
福沢は、学問(実学=実証科学(サイヤンス))で身につけた個人の独立を、活発 なコミュニケーションによる「人間交際」(Societyをこう訳した)を通じて、国 の独立に結びつけることを説いた。 言いかえれば、自分たちで考えて動かす 本当の「市民社会」をつくれるかどうかが、日本の行く末を握る鍵になるとい うことだろうか。 そうした近代社会の形成、民主主義といったことを考える 時、ヒントや課題になりそうな文章があった。
辻井喬さんが『図書』3月号に書いた「日本人のゆくえ」である。 東日本 大震災で、日本人が困難に耐え、互いに助け合い、共同体としての秩序を保っ ていることに、外国からの賞賛の声があった。 その報道から、辻井さんのな かに二つの反応が起こる。 (1)外国ではそれほど公徳心が衰え、利己的な個我 の主張があからさまなのか。 (2)日本人の権力に対する従順さ、諦めて耐えて しまう性格、自我が共同体意識に抑制されてしまう等々の特性のために、日本 には近代社会が成長しないのだという、従来の価値判断の観念性を根底から再 考しなければならない、その日本人の特性のなかに、革新の可能性を見なけれ ばいけないのではないかという反省が生じたという。
わが国に近代社会の形成を促進しようと考える人々の多くは(辻井さんも含 め)、わが国に残存している前近代的要素が、近代化を阻んでいると考えてきた。 新しい憲法という枠組が出来たのに、いつまで経っても自らの判断に従って行 動する自立した大衆層が形成されず、結果として民主主義が形骸化したままだ。 そうした現実と戦ってきた人たちは、被災地に住む人たちの「美徳」に、虚を 突かれた人もいただろう、という。
「社会的存在としての個人という意識を充分に持っているとは思えない人々 が、未曽有の大災害に際して、同じ地域に住む人との連帯と社会的秩序の維持 にどのようにして力を発揮し得たのか。」
辻井さんは『阿Q正伝』の主人公阿Qを思い浮かべる。 農村に生きる最底 辺の労働者だが、強い自尊心を持ち、ずる賢いほどの知恵を働かせて得をした りする。 「阿Qは中国大陸に住む十三億の人間の典型でなく、およそ人間と 呼ばれる生き物の根底的な性格であって」、それを魯迅は描いた、と。
「日本人という人間類型は、どこにその範を求めたらいいのかと考えると、 そこに西欧的でもなく東洋的でもない姿が現れてくる。問題はそのような特性 を理解し活用していく指導者が現れるかどうかなのではないかという気が私に はしてくる。」と、辻井さんは言う。
それはそれで、また近代社会の形成の障害になりそうな気もするのだが…。
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