林家正雀の「年枝の怪談」後半2025/07/21 06:56

 怪談噺、年枝は十分に稽古をした。 当時は、片しゃぎり、テテンガテンと、太鼓で囃す。 出囃子は、関東大震災で大阪から来た。 累草紙(かさねぞうし)。 堀越与右衛門、越中の養子先を抜け出して江戸へ向かう、宇多宿の菊屋という宿の二階に泊まる。 下から上方唄が聞こえてきて、女中に誰かと聞くと、お磯さん、歳は十九、よい声だ、座敷に呼んでもらえるか、出来ないと言う。 階段を下りて、突き当り、与右衛門は刀を手挟んで行く。 覗くと、女は布団に入って向うを向いて寝ている。 ちょうどパッと、明かりが消えた。 忍んで入り、唄に惹かれた、妻になってくれと言い、証拠に刀を渡す。

 翌朝、女中に宿の主にお会いしたい。 菊屋でございます。 仮祝言を挙げるので、仲人になってもらいたい。 相手は磯と申す女子、女房にしたい。 昨夜、忍んで行き、刀を渡した。 堅いお人で。

 お武家さんの隣に、綿帽子をかぶせたお磯。 綿帽子を取ると、疱瘡で醜い顔、目もつぶれている。 与右衛門は、武士の妻は心だ、と。 宿を出て江戸へ、磯の手を引いて、親不知まで一里のところまでやって来た。 よい景色だ、そなたに頼みがある。 関野兼吉の差し添えを、返してもらいたい。 そればかりは、お許し下さい。 与右衛門が差し添えの刀身を抜くと、お磯が刀の刃をつかんで離さない。 手がバラバラになるぞ、と脅しても、離さない。 南無阿弥陀仏! どうでも、わたしを殺すのじゃな。 その指では三味線も弾けまい、岩場の苔となれ。 鬼よりむごいお人じゃな!

 真ん中、一番前の客がヘヘヘと笑った。 神奈川で首を絞めた按摩が笑っている。 目まいがして、宿へ。 怪談をやる時は、神仏を拝めという。 隣のお稲荷さんへ行って、拝む。

 翌晩、うまくやって、やんやの喝采。 よかったよ、年枝さん、お酒の支度がしてある。 お酒が先か、お湯が先か。 お湯が先と、湯殿に入ると、一人先に入っている。 声をかけると、振り返ったのは、神奈川の按摩だった。

 医者が、心が病んでいる、どこか山の中で暮らすのがよい、と言う。 医者の伝手で、寺に預かってもらうことになる。 按摩に成仏してもらいたいと、頭を丸めて、仏の修行。 掃除なんかも夢中でやり、お経も覚えた。 そこで紹介されて、新潟の無住の寺へ行く。

 年の暮、町に下りると、春風亭柳枝の看板。 夜、跳ねたんで、挨拶に行く。 年始の挨拶……、まだ暮なのに。 年枝かい、会いたかったんだ、頭を丸めたのかい。 そのことなんだけれど、按摩は死んじゃいないよ、生きているんだ。 あの後、様子を見に行った。 按摩は、何で押入で寝ていたんだろうと言って、起きて行ったそうだ。 坊主になることはない。 東京で、高座に上がんな。 魂の入った噺、坊さんの心ならできるだろう。 手を締めよう。 手を締めるのは、こりごりです。