入船亭扇遊の「火事息子」後半2025/10/05 07:27

 みんな丸茂さんの方へ、手伝いに行っておくれ。 貞吉、どうした? この家の蔵には目塗りがしてないと、通りがかりの人が言ってます。 質屋だから、言い訳ができない。 鳶頭は、帰ったのか。 番頭、目塗りをしてくれ、窓の所だけでも、目塗りを。 用心土も乾いている。 貞吉、用心土を水で練って。 梯子をかけて、折れ釘をつかんで。 一、二、三! 上から指でつかむな。 一、二、三! 顔に、目塗りをしてどうする。

 その様子を近くの屋根で見ていた一人の臥煙、全身に九紋龍の深彫り、屋根から屋根へ、ポーーンポーーンと飛び越えて来た。 番頭、手を離せ、折れ釘に帯を結んだから。 アッ、あなたさまは……。 両手が空きました。 ようよう目塗りができた。

 貞吉、お見舞いの方を、帳面をつけなさい。 今のは、越後屋さん。 美濃屋さん。 伊勢屋さん。 みんな、帰って来たか、丸茂さんも無事だったか。 番頭さんは? まだ、折れ釘にぶらさがってます。 干し柿じゃないんだから。 火事が湿りまして、ようございました。 番頭さん、よくやってくれました。 さっきのは、三河屋さんの倅さんですか、しばらく見ないうちに立派になって、確かウチの徳と同い年で、親父さんはお幸せだ。

 あの方に、あちらで待っていただいております。 どこにいるんだ。 旦那様にお目にかかるのが面目ないと。 お客様かい。 質なら、棒に引く。 若旦那様、徳之助様でございます。 あんな一面に彫り物、帰してくれ、親類一同で勘当したんだ、お他人様だ。 お言葉を返すようですが、お礼を言うのが人の道ではないかと。 どこにいる。 台所の竃(へっつい)の脇に。 お目にかかれた義理ではありませんが、駆け付けました、何事もなくてよかったです。 ありがとう、どこのどなたかわかりませんが、大層立派な絵が描けなすった。 身体髪膚之を父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり、と言う。 屋根の上を飛び回って、落ちでもしたら、ウチが迷惑するんだ。 三河屋さんの倅さん、先ほど火事見舞に来てくれたが、商人の倅はああでなければいかん。 「臥煙」に成り下がって、義理を知ってなさるか、ウチの近所をウロウロしてくれるな。

 婆さん、徳が来た。 徳之助かい、お前よく来てくれたね。 お前がいなくなって、ウチは火が消えたようになって、虫干しの時なんか、お父っつあんは、ボーーッとして、庭を見ているようなわけで。 近所に大きな火事があるようにと、仏壇に祈っていた。 いいから、お帰りよ。 (父)帰るんじゃない。 お父さんだけの子じゃない。 仕事師の娘を乳母にしたら、半鐘が鳴ると、飛び出す。 火事が好きになって、浅草へ行っても買って来るのは、纏や鳶口だ。 (父)お前さんの乳母は、煎り豆屋の娘にすればよかった、ソロバンをパチパチ。 着物をやりましょう。 何で着物なんか、やるんだ。 着物ぐらい、捨ててやれ。 だから、捨てれば、拾って行く。 そうですね、結城がいい……、箪笥ごと捨てて、お金をつけて、千両も。 色が白いから、黒いものがよく似合う、紋付、羽織、仙台平の袴も……。 そんな形(なり)をさせて、どうするんだ。 火事のお蔭で会えたのだから、火元にお礼にやりましょう。