入船亭扇辰の「雪とん」後半2026/01/20 07:10

 八つ、七つ、暮六つ雪になって、五つで、一面の雪だ。 若旦那、積もっちゃいましたよ。 出かけるだよ、深草少将は小野小町のところに百夜通いして、果てたっていうではないか。 支度が出来た。 ふくらんじゃいましたね。 胴着を三枚重ねて、どてら三枚、蓑を着た。 足し駄を出してくれ、番傘も。 本町二丁目の角、裏の木戸をトントンと叩くんですよ。 あとは、あなたの腕次第、たっぷりもてていらっしゃいませ。

 二の字、二の字の、足し駄の跡、本町二丁目の角に犬。 どうした、尻尾振って、喜んでるのか、白、可愛いな。 二人連れの男が通る。 今夜はこのまま家に帰らないで、俺は吉原(なか)へ行くから、お袋によろしく頼む。 二十五、六のいい男、きりっとした形をして、素足に下駄履き、番傘を差し、下駄の歯の間に挟まった雪を、黒板塀にトントンと叩く。

 すると、切戸が開いて、お嬢さんがお待ちです。 糸屋の裏木戸だ、俺は誰かと間違えられてんのか、このまま入ってやれ。 酒の一つや二つ飲めるかもしれない。 役者にしてもいいような、江戸前のいい男。 屏風が立て回してあり、糸屋の娘が炬燵で絵草紙かなんか見ている。 顔を上げて、驚いて、ブルブルと震えた。 いい男だ、耳たぶに紅葉を散らす。 お邪魔します、と炬燵に忍び込んで来る。 震える手で、お嬢さんがお酌をしてくれる。 やったりとったり。 清や、この雪の中、お帰りになるのは大変、お泊りになって頂いたらどうかしら。 せっかくですから、ご厄介になります。

 奥の四畳半、行燈がぼんやり。 寝巻に着替えて、友禅の掻巻をかける。 うとうとしていると、冷たい風が頬をなで、襖が開いて、糸屋の娘が、緋縮緬の長襦袢で。 どうぞあなた、お休み下さい。 と、立ち上がって出て行こうとするのを、親指と人差し指で、長襦袢の裾を引いた。 アーーーッと、男の上に倒れ込んだ。 親指と人差し指だけで、た易いことですから、試してみて下さい。 多分、駄目でしょう。 いけ好かない男だと、嫌だーーーッって、逃げる。 その方が、説得力がある。 行燈の灯が消える。

 可哀想なのは、田舎の若旦那。 路地を間違えたのかと、あちこちの木戸や黒板塀をトントンと叩いて歩いていた。 夜が明けて、雪だるまのようになっていた。 切戸が開いて、またお待ちしていますからと、糸屋の太っちょの女中が、男に声をかけた。 その男の後をつけると、小網町の船宿の前で、鳶頭(かしら)朝帰りかい、と女将が声をかけている。 安い遊びをしてきた。 鳶頭、うちにも遊びに来て下さいよ。

 若旦那、ずいぶんごゆっくり、お苦しみで。 洟が凍って、氷柱のようになってる。 どうでしたと、いくら聞いても、返事がない。 今、世辞を言っていた若造、何者だ? あの人、石町(こくちょう)の仕事師、纏持ち、お祭り佐七という伊達男ですよ。 道理で、ワシはダシに使われた。