「ボッティチェリとルネサンス―フィレンツェの富と美」展 ― 2015/04/18 06:27
「芸術の春は、この画家からはじまった―」『ボッティチェリとルネサンス― フィレンツェの富と美』展を、Bunkamuraザ・ミュージアムで見て来た。 ル ネサンスの巨匠・サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)の作品は、フィレ ンツェからはウフィツィ美術館の「受胎告知」「ケルビムを伴う聖母子」「開廊 の聖母」とアカデミア美術館の「聖母子と二人の天使、洗礼者聖ヨハネ」が、 さらにピアチェンツァ市立美術館の「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」、フランス・ス トラスブール美術館の「聖母子と二人の天使」、米・サウスカロライナ州コロン ビア美術館の「キリストの降誕」、フィラデルフィア美術館の「ロレンツォ・デ・ ロレンツィの肖像」など、各地の美術館から工房作を含め17点が「奇跡の大 集結」している。
15世紀、花の都フィレンツェでは、メディチ家をはじめヨーロッパの貿易を 支配した金融業が繁栄し、その支援を受けたサンドロ・ボッティチェリを代表 とする芸術家たちが数々の傑作を生み出した。 展覧会は、絵や彫刻だけでな く、町の名にちなんで名づけられ国際通貨となった富の源泉、各種のフィオリ ーノ金貨に始まり、経済的繁栄を象徴する、公益質屋の金庫、鍵や南京錠も展 示されている。 ボッティチェリの「ケルビム(位の高い天使)を伴う聖母子」 の額縁には、貨幣の鋳造や銀行業、商人の活動を監督した両替商組合のシンボ ルである金貨模様があしらわれている。 額縁はどれも、金綺羅ごてごての装 飾だ。 この展示で初めて知ったことだが、銀行業といっても、当時のキリス ト教では宗教的に(イスラム圏で禁止されているように)「貸付による利益(利 息の徴収)」が禁止されていて、それを隠蔽する安全装置としてメディチ銀行な どは為替手形を使ったのだそうだ。 ヨーロッパ各地にはフィレンツェの銀行 の支店が開設され、商人や旅行者は現金の代わりに為替手形、信用状を携行し た。 交易は活発化し、フィレンツェには遠く中東からの商品も行き交った。
ルネサンス期のフィレンツェの名作の数々は、メディチ家を始めとする銀行 家一族からの注文によって制作された。 コジモと、ロレンツォを代表とする メディチ家から、絶大な信頼を得ていたボッティチェリは、彼らの要望を満た す理想的な画家だった。 聖母子像のマリアは、それまでの威厳に満ちた神の 母のイメージではなく、身近にいるような優しく美しい若い女性として描かれ るようになる。 青年や少年、天使たちも、美少年風に描かれる。 瑞々しく 優美な人物像は、文芸復興というルネサンス自体の力強さ、若々しさ、斬新さ を、まさに具現している、といわれている。
もう一つ、知らなかったのは、ジロラモ・サヴォナローラ(1452-1498)と いう修道士の存在だ。 15世紀末のフィレンツェで、メディチ家の独裁と教会 の腐敗を攻撃して、市民の支持を得て台頭、メディチ家を一時追放して、神政 政治的な民主政をしいた。 「虚栄の焼却」で贅沢品や宗教上好ましくない芸 術作品を焼いた。 教会からは破門され、こうした政策が市民の反発を買い、 火刑に処せられた。 ボッティチェリは彼の考えに魅了され、晩年の作品には、 そうした時代の空気が反映されている。
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