十一代将軍家斉の姫君 ― 2006/04/16 07:04
『お腹召しませ』で一番面白かったのは、「安藝守様御難事」に出て来る御住 居様という老姫君である。 四十二万六千石広島浅野家の十一代に嫁した徳川 十一代将軍家斉の息女で、名を末姫様という。 物語の主人公である十四代浅 野安芸守茂勲(もちこと)からみれば、系図上曽祖父の妻にあたる。 桜田御門 から霞ヶ関までの広大な敷地を持つ広島藩上屋敷の、最奥の御殿に住んでいる。 御住居様の食事は、昔からのならわしで、上屋敷の台所が、同じ膳を三通り用 意する。 そこへ、公儀からも同様に三通りの膳が、はるばる届けられる。 つ ごう六人前の御膳に、鯛も六尾ついている。 御住居様の召し上がる膳は、公 儀からのものと定(き)まっているので(姫様はずっと冷たい飯を食ってきたの だと愚痴る)、当家の膳は飾りだった。 朝昼晩とも同様だ。 三代前の輿入れ のときよりえんえんと、毎日十八尾の大鯛が姫様ひとりに供されてきた。
この年齢不詳の末姫様が、現殿様の茂勲公を可愛がっている。 二人きりに なると、御住居様は突如として娘のような「末姫様」に豹変する。 「勲(こと) さまやい。毎日会いたいというておるのに、なかなか来てくれぬから、お末は 淋しゅうてならぬぞい。もそっと近うよれ。酒(ささ)を飲め。飯も腹一杯食う がよい」「それにしても勲さまやい。おまえはよい男じゃの。ひい爺様になぞ似 ても似つかぬ。血が遠いことは何よりじゃった」
殿様という立場は、わかないことでも、わからないとは言えない。末姫様は 四代の当主を経ているから、浅野安芸守家のならわしについて、まず知らぬこ とがない。 それで殿様は、ある疑問を末姫様に尋ねるのだが…。 「当家に嫁して七十年を過ぐるがの、いまだわが身は公辺(こうへん)の者と 心得おる。によって、知っておってもこればかりは、答えるわけには参らぬの じゃ」
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