日月火水木金土の七曜 ― 2006/04/21 08:17
浅田次郎さんが『お腹召しませ』より前に、幕末維新の武士について書いた 『五郎次殿御始末』(中公文庫)という短篇集がある。 その中の「箱館証文」 の工部少輔(しょうゆう)大河内厚は旧徳島藩士。 薩長閥の新政府が、いずれ 土手に鉄道を敷設する計画で、江戸城の北の備えだった市谷の桜御門、四谷御 門をつぎつぎ取り壊していた時期。 大河内は旧藩主蜂須賀侯が建てた美しい 楓御門、飯田橋の牛込御門の延命を願って、抵抗している。
その大河内に納得できないことが、ほかにもある。 なにゆえ暦を七曜に区 切らなければならないのか。 日月に、火水木金土を加えた配列も、おかしい。 天地の万物は木火土金水、「もくかどこんすい」の五行で生成されている。 木 は火を作り、火は土となり、土は金を製し、やがて金は水となる。 木火土金 水を、火水木金土と並べかえれば、世界は毀れてしまう。 しかも五行の正し い読みからすると、「きんようび」は「こんようび」でなければならぬ。 火水 木金土に日と月を加え、西洋暦の七曜に当てるという考えは、少なくとも英語 やフランス語を強要されるよりましだけれど。
これを読んで、日月火水木金土の七曜がいつから使われるようになったのか、 疑問になった。 とりあえず『福澤諭吉全集』を見てみる。 明治4年に書か れたと思われる『啓蒙手習之文』に「一週日の名目(みょうもく)は日月火水木 金土」、明治5年に書かれた『改暦弁』に「ウヰークの日の名」という項目が あり「一七日(ひとなのか)の唱(となえ)、左の如し」として「サンデー 日曜日 /マンデー 月曜日/チュウスデー 火曜日/ヱンスデー 水曜日/サアスデ ー 木曜日/フライデー 金曜日/サタデー 土曜日」とあった。
昨日の「書き取り」の答、左の如し。 (1) 嗜み (2)実しやか (3)糅てて加えて (4)傍から見れば (5)慮った (6)煮 え滾る (7)仕度が斉う (8)閂 (9)武士の矜り (10)長い誼み (11)言い種 (12)弱きを扶け強気(?)を挫く (13)見ヶ〆 (14)伝を恃む (15)集く虫の音 (16) 腸を摑まれた (17)肚の底 (18)冀は (19)駕籠舁き (20)生さぬ仲
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