石川忠雄塾長も慶應商業2008/02/15 07:57

 酒井雄哉さんの通った慶應義塾商業の夜学だが、昨年9月25日に亡くなっ た石川忠雄元塾長も通っていた。 享年81歳だから、ほぼ同時期である。『三 田評論』2月号「追悼 石川忠雄君」の実弟・石川明名誉教授からの「聞き書き」 によると、石川さんの家は神田の鳶の組頭、父親が奉仕的感覚の強い頑固な職 人肌の人で、経済状態が必ずしも良くなく、一旦は明治中学に入った忠雄さん が、私立中学では親に経済的負担をかけると思い、14歳中学2年の時に夜学を 探して、慶應義塾商業に転校したのだという。 昼間は内務省で給仕さんのよ うなアルバイトをして夜、商業に通い、しばらくして三井の中上川彦次郎の子 孫にあたる家に書生に入って、そこから通うようになった。

18歳で慶應義塾高等部に進学、20歳で繰り上げ卒業して大学経済学部に進 むが、翌年の昭和18年12月学徒出陣で赤坂檜町の東部第六部隊に入営、第三 機関銃中隊の配属となった。 戦争の勝敗を決するのは飛行機だといって、宇 都宮の陸軍飛行学校へ行き操縦士になり、真室川の航空隊にいて午後出撃する という日が8月15日、終戦になって熊谷の飛行場まで操縦してきて、そこか ら復員した。