柳亭左龍の「猫怪談」前半 ― 2014/01/03 07:30
「しきたり」というものがある。 仏様の胸の上に刃物をのせるのも、その 一つ。 江戸の頃に始まり東京に伝わった、魔除けの意味があるという。 「犬 は人につく、猫は家につく」と言う。 主(あるじ)が死ぬと、そこの家に猫 がいるか調べる。 猫が悪さをするからだ。 仏様がある間、猫は預かっても らうか、紐でつないでおく。 あるいは仏様の胸の上に刃物を置いておけば、 そばに寄らない。 それがいつの間にか、猫がいてもいなくても、置いておく ようになった。
大家さんが与太郎の所へ、お父っつあんの具合を聞きに来る。 食べるか、 食べねえと、力がつかないぞ。 食べねえ、面倒くせえらしい。 今日もダメ、 話をするのも、息をするのも面倒くせえらしい、息を止めてらあ。 なくなっ たんじゃないのか。 そこにいるよ。 とうとう、亡くなったか。 与太、邪 険にすると罰が当たるぞ。 このお父っつあんは、お前の本当のお父っつあん じゃない。 産みの父母が流行り病で亡くなり、役人が戸を閉めて釘で板を打 ちつけた。 ちゃんよ、おっかあよ、と泣いているお前を拾って育ててくれた のが、このお父っつあんだ。 独り者で、仕事にもお前を背負って行った。 生 涯、かみさんも持たずに、バカといじめられるお前を育ててくれた、このお父 っつあんの恩を忘れるな。 大家さんは面白れえな、なんか言うたびに、鼻の 穴が広がり、白毛が飛び出す、十三回まで数えた。 ここに置いとくと金がか かるから、寺へ運ぼう、今月の月番に頼んで来い。 寺はどこだ。 どこでも いい。 そうはいかない、お父っつあんとお参りに行っていただろう。 どこ だっけ、ヨナカかな。 谷中か、谷中っていっても広いよ。 リンノウ寺って、 いったかな。 お通夜、馬鹿だけれどよく看病して親孝行だというので、香典 も集まる。 早桶は? あるよ、拾って来た、井戸端に落ちていた、印が山に 三。 それはウチ(大家)の印だ、漬物の樽だ。 空いたら、返すよ。
大家がついて、月番の吉兵衛が先棒、与太郎が後棒をかつぎ、夜晩く深川の 蛤(はまぐり)町を出て、厩橋から上野広小路のいとう松坂(松坂屋の前身) の前を通って、池之端へ。 サクサクサクと、三人が霜柱を踏んで行く。 与 太さん。 何だい。 さみしいね。 当り前だ、夜中だもの。 今、何ン時か。 さっき鐘が鳴った、八ツ(午前2時)の鐘だ。 怖がる吉兵衛に、与太郎が言 う。 お父っつあんは義理堅いから、吉兵衛さん、ありがとうと、早桶から手 を出して、お前さんの首をツツツツツ……。 驚いた吉兵衛、座り込んで、尻 餅をつく。 その途端、早桶の底が抜けた。 仏様が飛び出してる、タガがゆ るんじゃったんだ。
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