柳亭左龍の「猫怪談」後半2014/01/04 06:53

 仏様が飛び出してる、タガがゆるんじゃったんだ。 早桶を何とかしなけり ゃあ、稲荷町に行けばあるだろう。 大家が行くので、二人で番をしていろと いうと、吉兵衛も一緒に連れて行ってくれ、と頼む。 与太は、あたい一人で も寂しくないよ、お父っつあんと留守番しているよ。 提灯を置いていってや ろう。 光はいらないよ、二人で夕涼みしているから。 真冬だぞ。 夏の夢 を見てる、いいから行っといで、手をつないで、喧嘩しないように。

 お父っつあん、何で死んだんだ、あたい一人ぼっちにして…、いつも半人前 って言っていたから、半人ぼっちか。 あたいは、お父っつあんに世話になっ たから、うまい物いっぱい食わしてやろうと思っていたのに、死んじゃっちゃ あ食わせられない。 お父っつあん、何で死んだんだ、ねえ、お父っつあん。

 胸元の刃物は、どこかに飛んでってしまっていた。 はるか遠くを、黒い物 が、スーーッと走った。 仏様が、ビクビクッと、動き始めた。 お父っつあ ん、寒いのか、布団はねえぞ。 目を明けて、与太の前に起き上がり、ちょん と座る。 お父っつあん、生き返ったのか。 与太の顔を見て、ヘヘヘヘ、と 笑う。 驚いた与太が、バチッっと横面を叩くと、起き上がり、今度は宙に上 がったり下がったり、両手を振って踊る。 お父っつあん、上手だ上手だ。 ま た倒れた。 お父っつあん、何か言いてえことがあったのか、もう一回ビクつ いておくれ。 しばらくして、またビクビクッとすると、一陣の風が吹いて、 目の前から上野の山の方へビューーンと飛んで行った。 割に元気だな、お父 っつあん。

 大家と吉兵衛が戻ると、仏様がない。 お父っつあん、起き上がって笑うん で、張り倒したら、踊りを踊ったので、上手だ上手だと、誉めたんだ。 スス スス、スと、夜遊びに行っちゃった。 聞いたか、吉兵衛さん。 聞きました。  悪い猫が、悪さをしたんだ。 吉兵衛は、また腰を抜かしていた。

 このホトケ、翌日、根津七軒町の質屋の折れ釘にぶら下がっていた、という 谷中七不思議の一つ、猫怪談の一席でございます。