小三治の「やかんなめ」前半2014/01/09 06:33

 古い病(やまい)に男の疝気とご婦人の癪(しゃく)というのがあって、今 はないというか、言わなくなった。 今の医者に聞いても、よくわからない。  下腹部のウラオモテが痛くなる疝気、「辰公が、タマが腫れて、痛え痛えと言っ ている」に代表される男の急所の病気、そうじゃない下の方の痛みもある。 女 にもあったらしい。 女の癪、卵管結石かどうかわからぬが、びっくりした時 に、急に痛みを誘うから、女の病気になった。 飲むと痛みが和らぐというよ うな、薬がない。 (茶を飲んで)今日の噺は、癪が主題で、「癪に障る」とか 「癪な野郎だ」なんてのも、痛みへの怒りが言わせたんでしょう。

 日本橋本町あたりのご大家のお内儀(かみ)さん、ひどい癪で、どったんば ったん苦しむばかり、世間の薬では治らないが、「合薬(あいぐすり)」があっ た。 お若い方には分らないだろうが、合薬というものがあって、例えば足が しびれた時に、畳のケバをむしって舐めたりした。 よく言う癪の合薬には、 「マムシ指」で痛い所をグイと押えるとか、男の下帯、つまりふんどしを、胸 のあたりにキュキュッと結わえつけるというのがあった。 気分のもので、ハ ァ、で治る。 このお内儀さんは、やかんをなめると治まるというのが合薬だ った。

 お内儀さんが女中を二人連れ、向島へ梅見に出かけた。 広い原っぱ、春先 のことで、とても心持がいい。 すると蛇が目の前を、するすると横切った。  ウォッと、お内儀さん癪にさされて、座り込む。 お花さん、やかん貸して、 とは言うものの、瓢箪に酒があるだけだ。 顔色が変わって、苦しそうだが、 原の真ん中、人家があるわけもない。 キャアキャア、ワァワァ騒いでいるだ けだ。

 そこへ、あちらから四十五、六の立派なお武家が、主従仲良さそうに何か話 しながらやって来た。 お武家様のおつむりがつるりとして、のぼせ症なのか、 やかんに似ている。 くやしいわねえ、あれがやかんなら、お内儀さん、しっ かりして。 失礼な奴、手討にしてと言われたら、その時はその時、お願いし てみましょうか。