2014年清家篤塾長の年頭挨拶2014/01/14 06:56

 10日は第179回福澤先生誕生記念会。 清家篤塾長は年頭挨拶を、この世界 の大きな変化と国際化の時代に、慶應義塾はさらなる対応を進めていると始め た。 理工学部は創立75年を迎え、世界トップレベルの理工学教育研究拠点 を作るというプロジェクトを進めている。 来年25年になるSFC(湘南藤沢 キャンパス)では、「未来創造塾」という滞在型の施設で海外からの留学生と国 内の塾生が朝から晩まで生活を共にして集中的に学ぶ新しいタイプの学塾を作 る計画だ。 2017年に創立100年を迎える医学部では、信濃町に新病棟を建 設、クラスター診療という新しい医療を展開する計画で、看護医療学部、薬学 部とともに総合医学部を目指している。 (クラスター診療というのは、臓器 別に分かれている各診療科から、がんや心臓病、認知症など病気のターゲット ごとに必要な人材を集めて横断的組織を構築し、予防や早期発見、早期治療に 取り組むのだそうだ。)

 福沢先生の時代も、一身にして二生を経る、世界の大きな変化と国際化の時 代で、先生は自分の頭で系統的、システマティックに考える能力を養い、異文 化に対応することを説いた。 客観的にものを見て、問題を発見し、自分の頭 でよく考えて、論理的な仮説をつくり、客観的に検証する。 学問の作法、科 学的方法論と同じだ。 福沢先生は、あらゆるものを相対的にとらえる、西洋 文明を絶対視したのではない。 他に頼らず、自分の頭で考え行動できる近代 人の社会、独立した個人の集合体を目指した。 当時、そうした社会をつくっ ていたのがアメリカ合衆国で、それについてはフランス人、トクヴィルの『ア メリカン・デモクラシー』があり、亡くなった服部禮次郎さんが最後にその英 訳本を下さった。(リーヴ英訳『アメリカン・デモクラシー』は、福沢の手沢本 があって、書き込みがみられ、読書ノートが『覚書』にある。) 

 一昨年この会で「福沢の国法と道徳」を講演した猪木武徳教授は、独立して 自由を得た個人が生れても、公共への関心が薄れてしまうと、特定のグループ や特定の個人による独裁を許し、せっかく得た自由を失う可能性があることを 指摘した。(この講演は、当日記2012. 1. 16.~18.に書いた)

 福沢先生は『文明論之概略』で、文明は、智恵(intellect)と徳義(moral)、 智徳、「天下衆人の精神発達を一体に集めたもの」の発達を目指していく状態で あるとした。 第六章 智徳の弁で、智徳を「公智・公徳・私智・私徳」の四つ に区別した。 今の言葉で言えば、私徳は「いい人」、私智は「勉強がよく出来 る人」、公徳は「社会的責任をわきまえた人」、公智は「状況に応じて正しい判 断が出来る人」となろうか。 公智が一番大事だとする。 自分の頭で考えら れる個人が、その影響を公的な範囲に及ぼして、文明を進歩させることが必要 だ。 個人の自由と独立を守るためには、協力と助け合いが欠かせない(法制 度が必要)。 それは、共同体、地方自治、政府へと進む。

 トクヴィルはアメリカで、コミュニティーの自治、結社(アソシエーション) への参加、人々が社会的意思決定に参加しているのを見た。 福沢先生は『学 問のすゝめ』で、国民には主客二つの役割があるとした。 慶應義塾には「半 学半教」の伝統、社中全員参加の仕組みがある。 今年は創立156年、来年は 大学部125年、そうした主体的な関わりを積み重ねていきたい。