鯉昇の「辰巳の辻占」2010/06/01 07:16

 鯉昇の可笑しさは、圧倒的である。 出て来て、何も言わずに、手をこすり ながら、客席を見回している。 それから、話し始める、何気ない言葉が、可 笑しい。 「皆様はご存知ないでしょうが、うちの町内に田中さんという方が いらっしゃいまして」、歳を取って来た鯉昇を気遣って、壜に入った薬をくれた。  骨が丈夫になる薬。 半分ぐらい飲んだところで、気がついた。 骨が丈夫に なったことが分かるのは、多分、骨上げの時だろう、と。

 伯父さんは、お前の話が腑に落ちない、それはお前が大きな無尽に当たった からじゃあないのか、セコな噺家じゃあるまいし、金を欲しがっているんだ女 は。 女の心根を試してみろと、伯父さんが源ちゃんに知恵をつける。 友達 と喧嘩をして、二人殺めた、大川に身を投げよう思うが、一緒に死んでくれる か、と。 お茶屋の二階の突き当たり、への八番に上がって、女を待つ。 前 の客が大散財した跡、サシミを、まだ大丈夫と食べる、間に合ってよかった。  巻きせんべいの中に辻占、「初手はさほどに思わぬけれど、今でもさほどに思わ ない」「富士の山ほど千円札積んで、端から五円ずつ使いたい」「あたしの方か ら、あなたのお手に、書いてやりたい離縁状」。 女がやって来て、話を聞き、 お前さんに殺されるような間抜けがいるの、喧嘩の元は何なの、魚雷でやられ たって喧嘩しないこともある、などという。 それでも女は、羽織お脱ぎなさ い、帯ももったいない、着物も脱いでシャツだけでと言い、源ちゃんは、マラ ソンに行くんじゃない、と。 ともかく、二人で大川へ行くのだが…。

志ん輔の「柳田格之進」2010/06/02 06:37

 志ん輔は、いきなり「江州彦根の領主、井伊掃部頭の家来、柳田格之進、謹 厳な人物で、水清ければ魚住まず、上役の讒言で浪々の身となり、娘のお絹さ んと浅草阿部川町の裏長屋に住んでいる」と、始めた。 「柳田格之進」のス トーリーは、「春風亭小朝スペシャル独演会2007秋」の小朝のものを、「「柳田 格之進」のあらすじ」(2007.9.23.)、「「桟留革」と小朝の「柳田格之進」」(2007. 9.24.)に書いている。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2007/09/23/

http://kbaba.asablo.jp/blog/2007/09/24/

 プログラムの長井好弘さんによると、志ん輔は、師匠志ん朝の主要演目なが ら、この噺が嫌いだという(志ん朝は落語研究会で「柳田格之進」を三回やっ ている)。 疑いをかけられて切腹の決意をした柳田格之進のために、廓に身を 落す娘がかわいそうすぎて、後味が悪いというのだ。

 小朝は、柳田格之進が番頭徳兵衛と主人萬屋源兵衛の二人を一刀のもとに斬 り捨てておいて、客に手元のボタンを押させて、時間を戻した。 主従の情に 手元が狂って、碁盤を斬った柳田が、萬屋主従に言葉を失っていたお絹にだけ はと謝罪させる。 しばしばお絹を見舞った誠意の番頭徳兵衛とやがては一緒 にして、萬屋を継ぎ、ふたりの間に出来た子供が、柳田の家督を継ぐ、一転、 めでたし、めでたしの結末にした。

 志ん輔は、こう演った。 番頭には先がある、私をお斬り下さいという萬屋 源兵衛に、柳田は「黙りなさい。 両名とも斬り捨てなければ、娘絹に対して 申し訳が立たない。 覚悟しなさい。 帰参が叶ってすぐ、絹を請け出し、今 は仏に仕えておる」 えーい、という掛け声とともに碁盤が真っ二つ。 「目 の当たりにした主従の心を見て、心が揺らいだ。 絹、許せよ。 成らぬ堪忍、 するが堪忍」

 志ん輔の重厚な語りが、後味の悪さをかなりの程度、軽減することに成功し た。 この日の落語研究会は、仲入り前の二席と後の二席の、軽薄と重厚の落 差が印象的な会となった。

早慶戦と激痛の三日間、二日目まで2010/06/03 07:05

 早慶戦勝利、慶應江藤省三新監督で優勝の三日間は、私にとっても激動、と いうか激痛の三日間になった。

 5月29日(土)…前夜、腹の具合が悪く早目に寝たのだが、夜中に左足のつ ま先のあたりが痛くなった。 掛け布団が触れても痛い。 寝たままの状態で 痛みが出たのだから、何かにぶつけたとかいうことは全くなく、原因がわから ない。 起床して、つま先をつくと痛いので、左足はなるべく踵をつくように して、そろそろと歩く。 午後から、交詢社で福澤諭吉協会の総会と小池喜明 さん(東洋大名誉教授)の記念講演へ行く予定があった。 降りそうな天気な ので、長い傘を杖代わりにして、そろそろ出かける。 初めてのことだが、自 由が丘の駅まで、ひと駅をバスに乗り、帰りは田園調布からバスで帰って来た。  帰宅後、ネットで早慶戦初戦の勝利を知る。 竹内大助が1点に抑え、斉藤佑 樹から2点取って勝ったという。 NHKハイビジョンの「春日大社」、神を迎 え、遊び、送る、神楽、お旅所、おん祭、神仏混淆などを見る。

 5月30日(日)…風呂に入り、冷感シップを貼って寝たら、いくらかよいよ うな気もするが、相変わらず痛い。 10時からのマンションの臨時総会に、九 品仏の地区会館まで、また傘を杖代わりにトツトツ歩く。 午後は早慶二回戦 をテレビ観戦。 立ち上がり福谷が固くなったとかで3点取られたのが響き、 早稲田の福井から2点しか取れず、最後は大石に抑えられて2―4、1勝1敗に なった。 『龍馬伝』いよいよ、お龍(真木よう子)登場。 乙女が送って来 た五両を、お龍に妹を取り戻すためにやる出会いの設定。 時間が経てば、軽 くなるかと思っていた痛みが退かないので、きのう、田園調布からバスで帰っ たことで思いつき、明日、田園調布中央病院に行ってみる決心をする。 小学 生の時、扁桃腺の手術を受けて以来だから、60年に近い、久し振りとなる。 週 末には、湊邦彦君のお別れ会があって、神戸まで行かなければならないのも、 私に病院に行く決意をさせた。

早慶戦と激痛の三日間、その結末2010/06/04 06:48

 5月31日(月)…粗食だから、痛風や糖尿病、リウマチではないだろう、と 笑って、バスで病院へ出かける。 9時から(受付は8時)というので、8時 半頃着いたら、整形外科の13番だった。 覚悟はして、読む物を持って行っ たのだが、2時間半待って、ようやく診察室に入る。 話を聞き、赤く腫れた 左足を見て、先生は「痛風でしょう」と。 血液検査とレントゲン、その結果、 やはり痛風らしく、痛みと炎症を抑える薬と胃薬を処方して、消毒薬を患部に 塗る処置をしてくれる。 ここまでにまた1時間かかる。 6月4日に再度、 診察を受ける予約をする。 隣の薬局で薬を受け取った時には1時になってい た。

 帰宅して食事をし、薬を飲んで、早慶戦を見る。 斉藤佑樹を打って先制3 回で降板させ、終盤追われるも、竹内大助(環・中京大中京)、福谷浩司(理・ 横須賀)の2年生、4年田中宏典(環・佐賀西)に最後の1アウトを取らせる リレーで、11シーズンぶりの優勝。 六大学野球初のプロ出身監督となった江 藤省三は「選手がよくついてきてくれた」と、声を詰まらせた。 運のいい人 だ。 4年生への投手リレー、結果オーライとなったが、春のシーズンだけに、 厳しい采配をしてほしかった。 温情の人なのだろう。 早慶戦で後回しにし た昼寝から起きると、足の痛みが嘘のように薄れている。 たった一錠の薬の 威力に驚いた。 日頃、薬を飲まないから、効くのかもしれない。

 どうなることかと思っていた、湊邦彦君のお別れ会など週末の予定も、これ ならなんとかなりそうだと、ほっとする。 6月の「夏潮」渋谷句会の案内を 発信、「夏潮」9月号の雑詠と課題句の投句もした。 温めると痛みが増すと言 われたので、左足を上げて入浴、三日ぶりにぐっすりと眠ることができた。

高校卒業50年の同期会2010/06/05 05:36

 5月24日に高校卒業50年の同期会をやった。 10歳上だったと判明した恩 師お一人を加えて、50名が集まった。 卒業時の在籍数は193名、物故者が 32名、同窓会で連絡先不明が27名だったが今回4名判明して23名、残りは 138名、その内49名だから35.5%の出席率となった。 返信に近況を書いて もらったが、ご多分に洩れず病気の話と孫の話が多い。 幹事が自由な立場な ので、つい平日昼間の開催にしたが、中にはまだ現役で働いている連中もいて、 彼らには少々気の毒な気もした。 家業の経営を続けている人のほか、勤めて いた会社の子会社にいたり、病院や福祉介護関係の施設の経営に参画している 人、業界団体や町会やマンション管理組合の役員というのもある。

 健康で第二の人生をエンジョイしている組では、ガーデニングや野菜づくり、 ボランティアでビジネススクールやパソコン教室の講師、国内外の旅行、ゴル フ、マラソン、娘がニース在住なので行ったり来たりとか、珍しいところでは 禅門をくぐって七年なんていうのもいる。  中に「二年ほど前から随筆を書いています。年初に小冊子を自費出版しまし た」という仲間がいたので、全部配って手元に残っていないというのを、無理 に頼んで送ってもらった。