さん喬の「たちきり」 ― 2011/06/02 06:36
さん喬は、遊ぶといえば、芸者遊び、女遊び、花柳界という所から始めた。 噺家も昔は一対一、税金の申告のように、差しで聴くお座敷があった。 重み のあったもので、今はめったにないけれど。 芸者の花代を、線香一本立ち切 ると加算して、いくらと計ったものだ。 線香一本で、五十銭から一円と。 田 舎出の女中が、夜中に、線香の束を持って、逃げた。
若旦那の遊びが過ぎて、旦那は親類を集め、おっしゃる通り処分ということ になる。 静岡の伯父さん、舟で釣りに出て、フカに食わせる。 甲府の伯父 さん、山の奥で炭焼きをさせれば、病気になる、骨も拾わなくていい。 茨城 の叔母さん、そんな酷いことを言わないで、牛の世話をさせる、芳二郎がじれ てひっぱたくと、牛が角で突き殺すから、苦しまないですむ、と。 番頭が、 乞食になって頂くのがいい、金の有難さがわかるからというと、皆、それがい いということになる。 ボロの着物と、荒縄の帯を見て、若旦那が、乞食はい やだ、という。 番頭は、それでは百日の蔵住まい、いやなら乞食といい、芳 二郎は中戸をカラカラ、蔵に入ることになる。
柳橋の料亭で会った、小糸という十七になる娘芸者、目がキリッとしていて、 しかも女のほんわかした色気がある。 その小糸に、若旦那は、遊び呆けるこ とになった。 身なりのきちんとした若い衆が、お手紙ですと、届けに来る。 番頭が裏を 返すと、「やなぎばし」としてある。 夕方になると、別の若い衆が手紙を持っ て来る。 毎日、二通、ずーーっと続いていた。
月日の経つのは早いもので、今日百日になりました。 手前のような奉公人 の言うことを、よく聞いて下さいました。 番頭さん、手を上げてくれ。 蔵 の中で、十日、二十日、だんだん自分が見えてきた。 私は自分で働いたこと がなかった。 かえって番頭さん、お前の方がつらい思いをしていたんじゃな いのか。 毎日、手紙が参りましたが、私がお預かりをしていました。 二十 日ほど前から、手紙が来なくなりました、俗に牛を馬に乗りかえるということ を申します。 これが、その最後のお手紙で…。 番頭さん、読んでおくれよ。 「もう、この世では、お会いできまいと思い……あらあらかしく」
浅草の観音様へと出た若旦那、まっつぐ柳橋へ。 お民、私だよ。 母さん、 若旦那が…。 小糸に一回会いたいんだ、小糸はどこにいる。 小糸は、こん なことになっちまいましたよ、と(逆さの扇子の)白木の位牌。 俗名 蔦乃屋 小糸。 嘘だって言ってくれよ。 嘘や冗談で、こんなことが言えますか。 あ の日も、若旦那とお芝居を観に行くお約束で、夜が明けたばかりからお化粧を して。 昼になって、母さん、私、若旦那にお手紙書いてもいいかしらって…。 夕方、また、母さん、若旦那にお手紙書いてもいいかしらって…。
今日が、三七日(みなのか)。 小糸の仏壇の前に、私がと若旦那、線香を上 げ、「小糸、堪忍しておくれ」。 (チンチーンと、三味線が鳴り出す) 母さん、 三味線が…。 はい、小糸が「黒髪」しいていますね、若旦那の好きな。 こ の先、妻と名のつく者は、けして持たない、それで堪忍しておくれ、小糸――、 小糸――、小糸――。 (三味線の音が止む)先を、聞かせておくれ。 若旦那、 ちょうど線香がたちきれました。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。