日本の貧弱な情報と、分割されなかった僥倖 ― 2018/01/18 07:18
有山輝雄さんの「国際ニュース報道と『時事新報』」で、日本の国際情報が第 二次世界大戦の直前までイギリスの情報覇権の下にあったと聴いたのは、衝撃 だった。 戦争する前から、情報戦に敗れているわけで、これでは勝てるわけ はない。 福澤先生誕生記念会でこの講演を一緒に聴いたのは、総合商社で石 油担当だったのと、信託銀行にいた友人だった。 二人とも私と違い、就職し た会社を勤め上げ、海外勤務もして、重要なポストを歴任した連中だ。 毎年、 会が終ると新年名刺交換会は失礼して、慶應仲通りの町中華で昼飯を食べるこ とにしている。 そこへ行くまでの、歩きながらの会話である。
よく、そんな情報の状態で、戦争を始めたものだな。 ぜんぜん知らなかっ たのかな。 本当に勝てると思って、戦争を始めたのだろうか。 そういえば、 今のパレスチナ、中東の問題も、発端はイギリスの外交だよな。 国境線が真 直ぐに引かれているんだから、ありえないよ。
いわゆる「三枚舌外交」である。 フランスとは、第一次世界大戦後、オス マン帝国の領土である東アラブを分割してそれぞれの勢力圏にしようと約束し た。(サイクス・ピコ協定) ユダヤ人には、パレスチナの地に民族的郷土を建 設することに賛同した。(バルフォア宣言) アラブ人とは、アラブ独立国家の 樹立を約束した。(フサイン・マクマホン協定) 植民地インドの経営が帝国の支配を支える生命線だったイギリスにとって、 スエズ運河の支配権がフランスの影響下になることを、ぜひとも避けたかった ので、第一次世界大戦後の中東分割案、サイクス・ピコ協定をまとめ上げた。
石油の問題もそうだよね。 第二次世界大戦前に、日本は、石油のメジャー 支配を勘定に入れていなかったのだろうか。 石油がなくなれば、当然戦争は 続けられなくなるのに…。
幕末に日本が、イギリスかフランスの植民地や、清国のような状況になって いたら大変だったろう。 第二次大戦の敗戦後も、4か国による日本分割案が あった。 そうならなかったのは、本当に幸運だった。 ドイツの東西分割、 ベルリンの4か国分割統治、そして今に至る南北朝鮮のようなことになってい たら、われわれの昭和は、どんなものだったろう。
有山輝雄さんのイギリスの情報覇権、海底電線と国際通信社の話はわれわれ に、そんなことを想起させたのであった。
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