独立維持と日本における文明の模索2018/01/25 07:08

 都倉武之さんの論文「福沢諭吉における執筆名義の一考察」の「おわりに」 も読んでおく。  福沢は、著作や『時事新報』を通じて、戦略的な情報発信、情報戦を展開し 続けていたと見ることができよう。 自分が発した情報が、どのように社会に 受容されるか、あるいは世界に伝播するか、どのようにすればより効果的であ るか、そのような関心を生涯持続していたのが、福沢という人物であった。 効 果を期待する相手は、時に身の回りの人であり、慶應義塾の人々であり、政府 の高官であり、実業家たちであり、日本国民であった。 時にその範疇は朝鮮 へ、そして欧米諸国の国際世論にまで広がった。 それを支えていたのは日本 各地のみならず、世界各地に輩出した門下生たちの存在であり、彼らと頻繁に 文通や往来を維持することで情報を収集し、それを『時事新報』等にける戦略 的な情報発信に活かしていた。

 別の言い方をすれば、福沢は民間独立の情報機関の主宰者とでもいうべき役 割を自負していた。 それは第一に西洋列強に対して日本の地位を維持してい くために民情を先導していくための自主的な輿論工作であり、政府と直接利害 を持たず、あくまで福沢に主体性のある活動であった。 のみならず、実は福 沢には日本政府を換骨奪胎して、より「文明」的に持続する日本の国家体制へ と徐々に作り替えようという、より上位の工作が企図されていた。 福沢の後 半生は、この両者――すなわち独立維持という卑近な課題と、日本における文 明の模索という高遠な課題の二つ――を同時に見据えた、たゆまない政治工作 の日常だったといえるのではなかろうか。

 正月早々、よい論文をじっくり読むことが出来て、教えられることが多く、 勉強になったのだった。

俵元昭さんと「石州神楽」研究賞創設<等々力短信 第1103号 2018.1.25.>2018/01/25 07:10

「等々力短信」を毎月お送りしている俵元昭さんから、年賀状に代るお手紙 と、新聞のコピーを頂いた。 俵さんは、福澤諭吉協会で知遇を得た大先輩で、 1929年島根県浜田市生れの88歳、著書共著に『港区史』『江戸図の歴史』『東 京百年史第四巻(大正篇)』『江戸情報地図』などがある歴史研究家。 『三田 評論』『塾』にも、「抵抗の気脈」「慶應風土記」「義塾の先人たち」などを連載 された。 私も短信で、ご著書『半死半生語集』(学芸社)、『素顔の久保田万太 郎』(学生社)、『江戸の地図屋さん』(吉川弘文館)を紹介させて頂いたことが ある(675号、722号、723号、1002号)。

 1956年に慶應義塾大学文学部史学科を卒業した俵元昭さんが、民俗学の池田 弥三郎教授に師事して書いた卒論が「石見神楽舞の問題点」だった。 故郷の 島根県西部には浜田界隈から普及した石見神楽、その双生児で江津市内に伝え られた重要無形民俗文化財の大元神楽がある。 今の石見神楽は、明治の神道 国教化以来、神職が神楽舞を禁じられて、浜田浦大元神社の田中清美らから近 郊農民に伝えられ、氏子の望む露店同様に、祭りに参加する形で、国教神道に 反して神楽を残した。 この穏やかな石見的抵抗で、人気の蛇舞や不可解な鍾 馗を発明継承し、増殖した各社中が共同交代で上演する常設社殿を設け、海外 からも招かれ、リクリェーション行事や観光資源的発展を続けている。 大元 神楽も戦後、牛尾三千夫宮司によって発見され、明治の神道国教化以来、官憲 に秘して続けた、神がかりによって神のお告げを聞く「託宣」など古い儀式を 残した貴重な神楽だった。 俵さんはこれらを、山陰の山陰たる石見の風土に して初めて成立した、内的潜行と外的発揚の正反対の存続に成功したものだと する。 自発的民衆行動だった両神楽は、併せて「石州神楽」とも唱えるべき 神事芸能なのだ、と指摘している。

 俵家はかつて幕末には浜田城下の大年寄として、家系を350年つないできた そうだ。 米寿に達して、故郷を想起した俵元昭さんだが、もはや自身で研究 を進めることは叶わなくなったので、家郷の人たちに期待することにしたとい う。 2017年12月20日付『山陰中央新報』は一面で、「大元・石見神楽 研 究賞創設」「郷土研究懇 浜田出身者の寄付活用」と報じた。 神楽の一層の発 展のためには、価値を裏付ける学術的なアプローチが必要だという、俵さんの 私財を投じての賞創設の提案を、小学校時代の同級生、岩町功石見郷土研究懇 話会会長(88)が受けて、話がまとまった。 募集対象は、聞き書き、自身の 体験記、探訪記、観察記録、神事文献文書、お囃子・伴奏・芸能的研究等、種 類は問わない。 3年に1度で、当面10回程度の継続を想定、俵さんからの寄 付は数百万円程度の見込みだとある。 初回は2018年7月末〆切。