春風亭一朝の「三枚起請」後半2024/01/31 07:12

 清公、台所へ行ったが、包丁を取りにか。 大根おろしを振り回してる。 どうする。 癪にさわるから、あいつの鼻の頭、ひっこすってやる。 俺は、もらい方が違うんだ。(と、清公泣く) 去年の12月、山谷に仕事があって、一杯やって、吉原(なか)へ行った。 女の扱いがいいから、裏を返した。 暮の28日に、女から手紙が来て、二十円義理の悪い借金があって、お前さんに出してもらいたい。 だが、五円の金もありゃあしない。 妹が日本橋に奉公しているので、お袋が具合悪いと言うと、夏冬の着物を出してくれたが、ヤシチ(質屋)で六円にしかならず、また給金の前借りをしてもらって、二十円こしらえた。 それで、女が首っ玉にかじりついて、書いてくれた起請文だ。 妹が不憫で、可哀想だ。 チ、チン! どうしたって我慢ができねえ。

 三人で、向うへ行って、嫌味を言ってやろう。 日が暮れてから、出かける。 掛け合いに行くのは、寂しいね。 犬が三匹行く、雄だ。 その前に一匹行くのは雌犬だろう。 あの雄犬三匹も、起請をもらっているのかしら。

 ここの家だ。 棟梁じゃないか、久しぶりねえ。 だまされた。 あら、本当に、あら、そう、あらあら。 お連れさんも、こちらへ。 だまされ連中が参りました。 棟梁、お二階へ。

 女将、いい女だねえ。 前は出てたんだ、吉原(なか)の芸者で、旦那がポックリ逝って、ここが自分のものになったんだ。 俺、喜瀬川いいや、ここに養子に入る。

 どうにも逃げ場のないようにするんだ。 猪之さんは戸棚に、清さんは衝立の陰に。 出ろって言うまで、出るな。

 棟梁、また機嫌が悪いんだね、煙草ばかり喫って、どうしたの。 煙草を喫って、プッ、プッと、吹きかける。 喧嘩したんだろう、心配するじゃないか。 あたしも、喫いたいよ。 なんだ、この煙管、煙(けむ)も出ないじゃないか、掃除するものないかね。 いいものがある、紙縒り(こより)にしろ。 あんた、偉いね、反古っ紙を使うようになったのかい、先は半紙ばかり使ってたのに。 アレッ、これ起請じゃないか。 俺は、広告かと思ったよ。 チキショウ、喧嘩売りに来たね、女が出来たんだね。 焼き餅か。 焼き餅焼かないのは、西洋館に窓がないようなもんだよ。

 起請てのは、何枚書くんだ? 一枚に決まってるじゃないか。 唐物屋の若旦那で、猪之さんてのが来るだろう。 アッ、子供じゃないか。 色の白いぶくぶくした、水瓶に落ちたおまんまっ粒みたいな奴だよ。 経師屋の清さんも、来るだろう。 気障でイヤな奴、背がひょろひょろと高い、日陰の桃の木みたいな奴さ、死んじゃえばいい。

 出てこい、色の白いぶくぶくした、水瓶に落ちたおまんまっ粒みたいな奴と、背がひょろひょろと高い、日陰の桃の木みたいな奴!  何だい、お前さんたち、文句でも言いに来たんかい。 女郎は客をだますのが商売だよ、ぶちたけりゃ、おぶち、こちとらお金がかかっているんだ。 身請けしてから、おぶち。 汚ねえ、だまし方をするな。 「いやで起請を書く時は、熊野でカラスが三羽死ぬ」というだろう、罪なことすんない。 ああ、そう、三羽死ぬの、冗談いっちゃあいけないよ、あたしはね、もういやな起請をどっさり書いてね、世界中のカラスを、みな殺しにしたいのさ。 カラスを、みな殺しにして、どうするんだい。 朝寝がしたいんだよ。

小人閑居日記 2024年1月 INDEX2024/01/31 07:26

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