戦争を語り継ぐ、白井厚編の『大学とアジア太平洋戦争』 ― 2025/08/20 07:03
白井厚先生が、3月9日に94歳で亡くなったことを、『三田評論』8・9月号の追想(坂本達哉名誉教授)で知った。 私は、1997(平成9)年の終戦記念日の「等々力短信」に、白井厚先生とその編著『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(日本経済評論社・1996年)のことを書いていた。 享年94歳と知り、10歳上でしかなく、学生時代にフランス語の原書講読の授業を受けた時は、31歳か32歳であられたことに、あらためて驚いた。
戦争を語り継ぐ<等々力短信 第781号 1997.8.15.>
塾員文庫主宰の栗原嘉明さん(等々力短信733号「奇特な人」)から、白井厚編の『大学とアジア太平洋戦争』(日本経済評論社)をいただいた。 慶應義塾大学経済学部の白井厚教授のゼミナールは、学徒出陣を始めとする「太平洋戦争と大学」をテーマに研究したことで、マスコミにも取り上げられ、有楽町のマリオンで展示を行なったりしたから、憶えておられる方が多いかもしれない。
私は学生時代、白井さんのフランス語の原書講読の授業を受けた。 今やフランス語など、数や曜日でさえ怪しい状態だが、当時は確かソレルの『暴力論』というのを読んだのだから、恐ろしい。 もっとも級友のひとりが、マルクス・エンゲルスを「マルクスと天使達」と訳して、教室は爆笑、白井さんを唖然とさせたことがあった。 あとの実力は推して知るべし。
『大学とアジア太平洋戦争』は白井さんの退職記念論文集として編まれたもので、ご自身の「戦争体験から何を学ぶか」という最終講義も含まれている。 白井さんは90年にオックスフォード大学に出張して、イギリス人や欧米人が歴史を克明に記録し、それを後世に伝える努力をしているのに、日本人は、あまりにも忘れっぽいということを痛感した。 それから太平洋戦争を大学の場で考える試みが始まった。
白井ゼミでは、戦争中に慶應の大学・予科・高等部の学生だった人で住所のわかる7千名にアンケートを出し、1,698名の回答を得た。 大先輩たちから、孫は全然戦争の話を聞いてくれないのに、あなたのゼミの学生は聞いてくれるから有難い、と白井さんはよく言われたそうだ。 三年をかけて大学関係の戦没者を調査し、約1,528名を確認して名簿を作成した。(等々力短信680号「五十回忌」に書いたように、『慶應義塾百年史』は、昭和16年以降の繰り上げ卒業塾員と学徒出陣塾生の戦没者数を八百余名としていたから、この調査まで、人数も名前も約半分しか分かっていなかったことになる)
学生結婚した夫を学徒出陣で送り出し、戦死公報を幼い息子と受け取った小山市の田波文江さんの、三田と銀座の隣には戦場があったという体験談など、胸のつぶれるものがある。 彼らの死も、生き残った人々の体験も、非常に貴重で、それを歴史として書き残し(歴史化)、同時に外国人にもわかってもらえるように努力しなければならない(国際化)、それによって21世紀の世代に理解されなければ、歴史と世界情勢を学ばなかった日本人の悲劇は再び繰り返されるだろう、と白井さんは訴える。
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