国をだきしめて 眉をあげていた 十代の歳月2026/06/11 07:17

 茨木のり子に、「根府川の海」という詩がある。

根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たっぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまっさおな海がひろがっていた

 と、始まる。 私も、子供の頃、夏になると沼津の三津浜の安田屋旅館へ海水浴に家族で出かけていたので、根府川の駅や、穴の開いたトンネルは知っている。 そういえば、あの頃の駅には、カンナやダリヤが咲いていた。 車内で食べた経木に入ったアイスクリームの味と香りが忘れられない。

 茨木のり子は、この詩を書いた8年前に、今の大田区の帝国女子医学・薬学・理学専門学校(現・東邦大学)薬学部に在学し、愛知県西尾の家との間を、東海道線で往復していたのだろう。 専門学校にも、学徒動員があって、満足に学べなかったようだ。 それを恥じて、取得した薬剤師の資格を使わなかったところに、人柄を見る。

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人ここを通ったことがあった

あふれるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケットに
ゆられていったこともある

燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かったふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在った
丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ

 8年前の、十代の日々の現実と、輝く根府川の風景を、対比している。

沖に光る波のひとひら
ああそんなかがやきに似た
十代の歳月
風船のように消えた
無知で 純粋で 徒労だった歳月
うしなわれたたった一つの海賊箱

ほっそりと
蒼く
国をだきしめて
眉をあげていた
菜ッパ服時代の小さなあたしを
根府川の海よ忘れはしないだろう

女の年輪をましながら
ふたたび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこころを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら……。

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