幕臣の午後への前奏曲 ― 2006/04/15 07:05
浅田次郎さんが『お腹召しませ』で描いたのは、幕末の江戸、二百六十年を 経て終焉を迎えようとする徳川幕府の旗本御家人の姿だ。 短篇の主人公たち は、累代の武士の誇り、禁忌、慣習、家の重圧などを、それまでかたくなに守 り、縛られ続けてきた。 それが、追いつめられ、どうにもならなくなった状 況の中で、人間の本性に目覚めて、はじけるのだ。 浅田次郎左衛門は、脱走 して上野の彰義隊に馳せ参じようとする娘婿を「恥を雪(すす)ぐのであれば、 百姓町人に身を堕とし、薩長に媚びへつろうてでも妻子を養え」と、怒鳴りつ ける。
「お腹召しませ」の高津又兵衛は八十石取りの江戸詰藩士、入婿にして家督 を継がせた三百石取りの旗本の次男坊与十郎が、藩の公金に手をつけ、新吉原 の女郎と逐電する。 重役は又兵衛が腹を切れば、孫が高津の家を継げるよう に計らうというので、妻も娘も「お腹召しませ」と冷たい。 小さい時分から 与十郎を知り、婿入りの時、与十郎についてきた老中間の久助が、「切腹なんて 話ァ、芝居(しばや)のほかに聞いたためしもねえんで」「お家大切てえのはわか りやすけんど、そのお家に命があるわけじゃねえんだし、住まう人間の命あっ てこそのお家だと、あっしは思うんです。そう考えるてえと、正体(しょうてえ) のねえお家にふん縛(じば)られてるみなさんのほうが、了簡ちげえをしていな すって、一等てめえ勝手をなすった与十郎様は、何だかまっとうな人間みてえ な気がしねえでもねえんだが」と、言う。 結局、久助がらみで、高津又兵衛 もはじけるのだが、それは読んでのお楽しみ。
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