春風亭百栄の「疝気の虫」 ― 2012/05/01 02:52
「百栄」何て読むのと隣に聞かれ、「ひゃくえい」じゃないのと言ったら、「も もえ」だった。 オカッパ頭に、濃い顔。 残念ながら上は「山口」でなく、 多分日本で一番汚い「ももえ」ではないか、と。 落語を聴くのは、情景を想 像し、思い浮かべる作業が、脳にいいそうだ。 名人の噺を聴くと、すぐに頭 の中に、わーーーっと情景が出て来る。 それでは、脳のためにはよくない、 脳のためにならない。 それに比べて、私の落語は……。 最後まで、食らい ついて、聴いて頂きたい。
この噺は、東洋医学を扱う。 昔、疝気という病気があった。 男性の臍の 下、お尻のあたりが病んで、腰痛や尿道炎になる。 〈疝気でも風邪としてお く女形〉〈疝気下風(しもかぜ)奉公道具〉 下風というのは、疝気の症状の軽 いもの、休みが少ないから、そう言って休みをもらった。
ある医者、虫がいるのを見つけ、火箸で押えた。 「痛い、命だけは助けて」 と言う。 疝気の虫だった。 人間の腹のあたりに住み、暖ったまると駄目、 冷やすと働く、チントトトンと筋を引っ張ると腰が痛み、パッパッパッと引っ 掻いて移動する。 好きな物は蕎麦、蕎麦を食うと冷えるので、元気が出る。 あばれ出すので、人間が苦しむ。 嫌いな物は、別にありません。 言わぬか と、火箸でぐいぐいやると、唐辛子が駄目、身体が溶けて来ると、白状した。 唐辛子は苦手だが、身体の中で先に溶けるので、別荘に隠れる。 別荘って、 どこだ? 陰嚢です、金の玉、金玉。 金玉だけに、フグリ直る、それでわれ われには一年に一度感謝する日がある、陰嚢感謝の日。
先生、うなされていましたが…。 夢を見ていた。 本郷の前田様からお使 いで、疝気持ちの旦那様がお苦しみだそうで。 もり蕎麦を五枚、唐辛子を入 れたどんぶりにお湯をいっぱいに用意してもらえ。 先生、主人が苦しんで苦 しんで、腰が痛んですごいんです。 ご主人はお蕎麦の匂いを嗅いで、食べる のは奥方、その息をご主人の口に吹き込んで下さい。 久しく、そんなことは していない。
おっ、蕎麦の匂いだ、チントトトンのパッパッパッ、お蕎麦が来ないな、お 蕎麦はまだか、どっかに引っ掛かっているのかな。 迎えに行こう、道が険し いな、アバラの道だ。 おや、こんにちは、最近は大変なご活躍で、ノロ・ウ イルスさん。 町内一の可愛い子ちゃん、ピロリちゃんだ。 汚ねえ奴だな、 サルモネラか。 ご無沙汰してます、夏場になれば盛り上がるでしょう、O- 157の旦那。 口まで上がって来ちゃった。 蕎麦が、また向うへ行っちゃ つた。 向うへ行こうじゃないか、ヒノフノミ!
私の口の中に、何か飛び込んでまいりましたが…。 ご主人は? 楽になり ました。 奥方は? 腰がしくしくと痛んでまいりました。 お蕎麦だ、お蕎 麦だ!(下座の三味線が賑やかに鳴る) この味は池之端の藪だな、こたえら れねえな、俺は蓮玉庵の方が好きだ(一応、言っとかないと、師匠の贔屓だか ら)、更科もいい。 江戸前の蕎麦といえば、富士そばだ、ほとんど東京にしか ない、稲荷セットがいい。
チントトトンのパッパッパッ。 痛い、痛い。 唐辛子のお湯を、一気に飲 んで下さい。 おっ、唐辛子だ、別荘へ逃げろ、急げ、急げ、あれ、土手ばか りだ。 溶ける、溶ける。 金玉は疝気の虫の下屋敷、馬鹿馬鹿しいお噺で…。
三三の「人形買い」 ― 2012/05/02 02:58
三三、春の椿事があったという。 弟子入り志願が、それもメールで来た。 「弟子入りを希望します」。 もちろん、断った。 二ッ目に話したら、可笑し いと言う。 兄さんの所に、弟子入り志願なんて、と。
「人形買い」、2009年4月30日の第490回の落語研究会で、入船亭扇遊が 演じた。 師匠扇橋の十八番ネタである。 三三も、2001年の初めに扇橋や市 馬たちと伊豆七島へ公演に行った時、扇橋に稽古をつけてもらったのだそうだ。 扇遊も、三三も、元は同じということになる。 扇遊の「人形買い」は、この 日記の2009年 5月7日に「前半」、8日に「「通し」完結篇」を書いていた。
登場人物は(登場順に)、月番の甚兵衛、そのかみさん、来月の月番の松っつ あん、人形屋の大旦那、おしゃべりな小僧、若旦那、女中おもよ、八幡太郎義 家、太閤秀吉、神功皇后、武内宿禰、易者、講釈師、神道者。 二十軒の長屋、 神道者の家に子が生れ、初節句の祝いに粽を配った。 月番がお祝を持って行 くのに25銭ずつ集めて5円、「人間がこすっからいから、うまくおだてて」と いう甚兵衛のかみさんの知恵を承知で引き受けた松っつあん、そこから一合ず つの酒と冷奴をひねり出すつもり。 5円の人形を、4円に値切ったが、小僧 の話で「ニカメ」「マメクイ?」すなわち一昨年の売れ残り、2円の買いかぶり と判明。 若旦那と女中おもよの面白い話を聞いていて、長屋を通り越す。 口 うるさい二人、易者と講釈師に、太閤秀吉と神功皇后のどちらにするかを聞き に行き、占いの見料50銭を取られ、木戸銭の40銭と座布団の10銭も取られ て、冷奴までなくなる。
太閤様と小僧を帰して、神功皇后を神道者のところに届けると、私を神職と 見立てて、神功皇后様の人形を選んでくれたのか、と大いに喜ぶ。 「そもそ も神功皇后様と申し上ぐるお方は…」「応神天皇を身ごもられし折、武内宿禰が 鹿皮を腹に巻けと…」。 また、金を取られそうになり、先生のお払い(お祓い) は、長屋のお返しから差っ引いて下さい、ということになる。
三三、易者と講釈師に、神道者、三者三様のそれらしい言い立てを、見事に 使い分けて、楽しい高座になった。
小満んの「奈良名所」 ― 2012/05/03 02:32
この噺、もともとは上方落語「伊勢参宮神乃賑」、通称「東の旅」の冒頭部分 らしい。 小満んは「旅のお噂です」と入って、春の旅が一番いい、日が永く なり、のどかだ、明るい若葉の山を「山笑ふ」という、〈山一つ笑いはじめの川 の音〉。 三人旅は一人乞食といい、二人でしゃべっていると、一人除け者にな る。 ちょうもく(丁目?=偶数)の方がいい。 江戸っ子は意気地がない、 箱根の山を見て、帰ってきちゃった。 反り返って来たので、と、だらしがな い。
江戸っ子の二人連れ、京大坂を見物して、奈良大和まで足を伸ばした。 玉 造に桝屋、鶴屋の二軒茶屋、笠を買うなら深江、の深江を通り、馬が嫌がるほ ど険しい暗(くらがり)峠へ。 〈菊の香にくらがり登る節句かな〉と芭蕉が 詠んだ。 〈菊の香やならには古き仏達〉重陽の節句に奈良を出て、大坂で病 んで、辞世の句〈旅に病んで夢は枯野をかけ廻る〉を詠んで亡くなるひと月前 の句だ。
尼ケ辻、二つに分かれる追分、右 大和郡山、左 南都奈良。 前に一行、松 笠の行列だ、○にア、阿波の百人講、太太(だいだい)講だろう。 菜の花に、 蓮華が咲いている。 〈連山に帯を結びし春霞〉 足が重そうだな。 昼飯が 軽かったから。 ときにラハがヤマキタ (北山(きたやま)=空腹)だ。 ラハ は、引っくり返して腹、ビクは首、チクは口だ。 メは? メは駄目だ。 ハ は? 二文字でなきゃあ駄目だ。 じゃあ、ミミは? モモ、チチ、ホホは?
奈良の宿屋町だ。 うるさい客引きに、定宿がある、と断る。 二度と同じ 器では、飯を食わせねえ定宿だ。 失礼をば致しました。 定宿はどちらで? インバイヤ…、インバンヤ・シュウエモンだ。 手前どもがインバンヤで。
私が名所めぐりの案内人です。 ここが興福寺。 南円堂、西国三十三所九 番目の札所、三作の塚、三作という小僧が習字の半紙を食べた鹿を追い払おう と文鎮を投げたら死んでしまい、石子詰の刑に処せられたという。 八重桜は 奈良にしかなかったと申します。 〈いにしへの奈良の都の八重桜今日九重に 匂ひぬるかな〉 ここが東大寺。 南大門、両側の阿吽の仁王様、運慶、快慶、 湛慶がつくった金剛力士立像をご覧下さい、ここが大仏殿、大仏様、金銅盧舎 那仏座像、大きいでしょう、笠を被った人が鼻の穴に入ろうとして、笠が鼻に かかって落ちたという。 ここが鐘楼、梵鐘は大仏開眼と同じ天平勝宝四年の 作、いっぺん撞いて二十四文、一両ですって、大きな、つりがねえ。 こちら が二月堂で、二月にお水取りが行われる。 芭蕉の句に〈水とりや氷(こもり?) の僧の沓(くつ)の音〉 ここが東大寺の鎮守、手向山八幡宮、菅原道真が〈こ のたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに〉と詠んだところ。 若 草山、三笠山です。 遣唐使・阿倍仲麻呂の望郷の歌〈天の原ふりさけみれば 春日なる三笠山に出でし月かも〉で名高い。 春日さん、春日神社、その灯籠 の数と、鹿の数をよんだら長者になると言われている。 灯籠と鹿と、同じ数 だというが、しかとわからぬ。 奈良では放してある鹿を可愛がっている。 放 してある鹿、はなしか、噺家を可愛がっている。 ここが猿沢の池、ずいぶん 回って、皆さんもくたびれたろうが、案内人の私もくたびれた、はい、さよう なら。
それをくどくどと書いた私も、くたびれた。
志の輔「井戸の茶碗」前半 ― 2012/05/04 02:58
「事実は小説より奇なり」と、志の輔は始めた。 岐阜県で裁判が続いてい る。 養蜂場の隣に、中小企業の会社が越して来た。 蜂が、隣に人が来たぞ と、お邪魔して、刺したりする。 刺された人が増えて来たので、社長が養蜂 場に行き、「お気を付け頂きたい」と言った。 「申し訳ない」と言うのかと思 ったら、「そんなことを言われても、ウチの蜂だかどうかわからない」と。 そ れで、殺虫剤を用意し、蜂が来たら、殺してもかまわないということにした。 養蜂場の方は、出かけて行った蜂の帰りが、どうも寂しい。 隣の会社に行く と、足元に蜂が落ちている。 商売道具に、殺虫剤をかけたり、踏み殺したり するとはと文句を言うと、「そんなことを言ったって、オタクの蜂だかどうだか」
「クズーーイ」屑屋の清兵衛が、長屋に呼ばれる。 可愛らしいお嬢さんだ が、着物は汚い。 土間の隅の紙屑に、六文のところ、七文置いておく。 仏 像はどうかと、昼は読書指南、夜は売卜の浪人千代田朴斎、無理にと言われ、 二百文で預かり、高く売れたら半分ずつにと、正直清兵衛。 細川候の屋敷か ら下を見て、声がかかった。 床の間に置いて、手を合わせるものが欲しい。 籠の中にあるのはゾウか、ブツか、五つ目の高木の小屋へ持って来い。 江戸 勤番になったばかりの高木作左衛門という若侍、供の良助に三百文出させる。 盥の水に塩を入れて洗うと、台座の紙がゆるんで、小判で五十両出た。
細川候の屋敷に近い清正公様、出商人が集って弁当をつかう。 みんな、細 川候の屋敷で声をかけられている。 仇を探しているに違いない。 黙って通 れと。 二日、風邪で休んでいた清兵衛、話を聞いて、黙って通ろうとして、 つい「石焼イモー」。 高木に呼ばれ、小判の出た話を聞いて、相手の話をする。 貧に窮している、戸を開けると音がする、「ビンボー」と。 先方に返してまい れ、全部、仏像は買ったが、中の五十両を買ったつもりはない。
だが千代田朴斎、痩せても枯れても武士は武士と、どうしても受け取らない。 なんだこれは、お前いくつだ。 四十。 あれはわしが売ったのだ。 それは わかりますが、後ろの景色、趣、傾き…。 黙りなさい。 返して来い、娘、 刀を!
やむを得ず高木の所へ返しに行く。 ワタシ、オカネトドケタ、デモ、ウケ トラナイ、トテモ、ヨイヒトヨ、ワカリマシタ。 待て屑屋、お前それ位のこ とで、帰って来たのか。 良助、槍を!
こういう時は大家さんと、相談に行き、高木氏二十両、千代田先生二十両、 屑屋が十両で、どうだということになる。 高木は二十両を受け取ったが、千 代田は受け取らない。 何か一品、向うにお渡しになればと、屑屋が説得する。 実に恥ずかしい、形あるものはこれしかないと、父親が湯茶を飲み、自分も朝 晩茶を飲んでいるという口の開いた茶碗を渡す。 この噺、これで終了では、 お客様も今晩眠れない。
志の輔「井戸の茶碗」後半 ― 2012/05/05 02:32
その茶碗の話を、細川の殿様が聞いた。 「余も、見てみたいのー」と、お っしゃった。 茶碗を磨いて、黄色いキレに包み、桐の箱に入れ、蓋に「ちゃ わん」と書いて、紐でむすんだ。 誰が見ても、あー茶碗だ、とわかる。 目 利きの、中嶋誠之助という者が鑑定して、尊氏、信長、秀吉、家康、四人の天 下人が所有し関ヶ原の時に行方知れずになった、井戸の茶碗という名器である ことがわかった。 買うよ、三百両で。
高木は五十両の包みを六つ懐に、良助、なんだかねえ、千代田様はすごい、 朝晩三百両で茶を飲んでいた。 半分にして、半分受け取って頂かないと。 あ いつの出番だな。 へぇー、すごいですね。 お前しかおらんので、届けよ。
千代田様、居なければいいな…、居る居る。 屑屋は、家に身体を半分入れ て、この方がいい。 百五十両、受け取って下さい。 なんだこれは、お前い くつだ。 四十。 あの茶碗は、二十両の形に渡した。 返して来い、娘、刀 を! 斬るんなら、斬って下さい。 これじゃあ、行ったり来たりしているう ちに、年を取って死んで行く。 斬られる前に、一言だけ言いたい。 「届け たかったら、自分で届けろ!」 正しいことなら、誰に言い付けても、よいと いうわけではない。 大金を懐に、往復して、もし落としたら、死んでお詫び しなければならない。 そう言った屑屋の姿を、忘れないで下さい。 以上を もちまして、ご挨拶にかえさせて頂きます。
そうか、受け取るが、向うに渡したいものがある。 高木殿は、独り身か。 お若い、二十歳になられたかどうか、大丈夫、奥方のいない匂いがします。 わ が娘だ、屑屋さん、口を利いてくれるか。 利きましょう、高木様がいやなら、 私がもらいます。
高木様、千代田様から、渡したいものがあると。 いらん。 いいものです よ、生きもの、一人娘、お嬢さん、十三か四、品が良くて、可愛い。 可愛い のか。 とても可愛い。 何気なく、間に入ってくれんか。 お若いけれど、 高木様がお磨きになれば、光るお宝です。 磨くのはやめておこう、磨くと、 また小判が出て来るかもしれぬ。
志の輔の「井戸の茶碗」、お爺さんの目に涙であった。
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