権太楼の「短命」 ― 2014/06/08 07:16
いい女だね、あれ。 指差すな、アゴで差すな。 こないだ死んだ、佐田の 源治のカカアだ。 いい女だねえ、後家なのか。 俺も、早くカカアを後家に したい。 馬鹿。
弔いに行って、グジュグジュ言うだろう、嫌味。 悔やみだ。 俺、やるた びに、笑われちゃうんだ。 こないだは、「このたびはどうも、ご馳走さん」と やった。 山のように饅頭が積んであるのが見えたんだ。 泣いてる奴が、プ ッと噴き出した。 次は「このたびは、もう沢山です」。 山のような饅頭を見 て、これ全部は食えねえな、と思ったんだ。 実に陽気な弔いになった。
隠居さんに、教えてもらおうと思って。 うけたまわりますれば、実に驚き 入りました、ぐらい言わなきぁあいけないな。 行くの、よそうかな。 伊勢 屋の旦那が死んだ、三度目だ。 何だ、その三度目ってのは…。 7、8年前、 大旦那が死んだ。 おかみさんと娘さんが残った。 この娘さんが、いーい女、 今小町と言われていたが、男嫌いでね。 養子が来た、色白のいい男、今業平 と呼ばれていた。 今小町と今業平が、一致した。 その年、安心したのか、 おかみさんがポロッと逝っちゃった。 夫婦は二人仲良く、何処へ行くのも一 緒、ことによるとはばかりも一緒に行ったかも。 二年もしない内に、養子が 骨と皮ばかりになって、死にました。 二度目は、色の真っ黒な、丈夫一筋の 男が来た。 二年もしない内に、キューーッと痩せて、どす黒くなってね。 見 舞いに行こうと思っているうちに、死んだ。 三度目が今朝、コロッと逝った。 大旦那は、生き仏みたいな、いい人だったのに、人生いろいろだ。 他人様の ことは、わからない。
今朝亡くなった人は、歳がいくつだ。 5年前、来たときのは、はっきり覚 えている。 今は。 33かな。 おかみさんは、いい女なんで。 そこだ、器 量の良すぎるのが短命のもとだ。 短命、長命、漫才みたいだ。 どういう訳 で。 そこだ。 (下を見る、座布団をめくって、その下も) 夫婦が仲良す ぎるのが、短命のもとだ。 番頭がしっかり者で、旦那は月に一遍帳面を見る ぐらいでいい、あとはぶらぶらしている。 そこだ。 <何よりもそばが毒だ と医者は言い><その当座いつも箪笥の鐶(かん)が鳴り>っていうな。 い つもイチャイチャしていて、見ていられない。 わっしも庭の木の手入れをし ながら、見ていて、木の上から落っこっちゃった。 差し向かいで、おまんま を食べている。
旦那が茶碗を差し出すと、それを受け取ったんだろ。 指と指がさわるだろ。 白魚を五本並べたような指のさきには、震い付きたくなるようないーーい女、 短命だろ。 爪の間に、バイ菌かなんか、あるんすかね。 受け取らなかった ら、下に落っこっちゃうとか。 そういう話じゃあない。 広い家だ、誰も来 るような気遣いはない。 そうか、ずっと、おまんま食ってなきゃあならない のか。 わかんなかったら、膝叩くな。 炬燵に入るだろう。 手と手がさわ る。 足と足がさわる。 おかみさんの足には、一つも毛がない。 炬燵の布 団がある。 短命だろ。 カカトとカカトじゃない。 (手の仕種を見せ)手 をやめなさい、研究会なんだから、品よく。 わっしゃあ、察しのいい方で。 よくないよ。 ありがてえ。 笑いながら、行くんじゃないよ。
驚いたね、あの顔で、男三人殺している。 どこ、のたくってたの。 蛇じ ゃねえよ、悔やみの稽古していたんだ。 子供じゃないよ、馬鹿。 飯喰って から、行って来る。 飯喰ったら、いいだろ。 よそってくれ。 自分でやれ。 お前がよそったのを、喰いたい。 手があるんだろ、冗談じゃないよ。 いっ ぺんでいいから、頭下げちゃうよ。 やってやるけど、ほら(と、茶碗でしゃ くって渡す)。 お前、シャモジ使わないんだな。 喰っちゃえ、生涯シャモジ は洗わないから。 シュッ!(と、投げる) 手渡ししろ。 ほら。(その先の 顔を見て…)あーあ、俺は長命だ。
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