合成クモ糸繊維、実用化に向けた取り組み2014/06/21 06:34

 クモの糸の実用化に向けた研究は、すでに行われていた。 クモはカイコと は異なり肉食で、縄張り意識の強い虫であるため、家畜化して繊維生産させる ことができない。 また、クモは用途によって複数の糸を使い分けているため、 同じ性質の繊維だけつくらせることも難しい。 そこで、1990年頃から遺伝子 工学技術を駆使した生産技術の開発が始まった。 クモ糸タンパク質の遺伝子 は特殊な繰り返し配列を含むため、天然のクモから遺伝子を取得することが難 しかったが、バイオテクノロジーの飛躍的な進歩により、いくつかのクモ糸遺 伝子が解読された。 これらの遺伝子を他の生物(宿主)に組み込むことで、 原料となるタンパクを大量に生産しようとする試みである。 だが、微生物を 用いた生産方法では生産効率が悪く、また、動物や植物の細胞を用いた生産方 法では生産に莫大なコストがかかった。

 関山和秀さんたちが、クモ糸の実用化の研究開発を始めたSFC湘南藤沢キャ ンパスには、大きな利点があった。 この研究の学問分野は広範囲に及び、到 底一つの研究室で行えるテーマでないばかりか、今までの縦割りの学問分野の 中では実用化は不可能なテーマであった。 SFCは超学際的なキャンパスであ り、分野ごとの壁がきわめて低い環境だった。 イノベーションを加速させる ためには、分野を横断して散らばる独立した〈知〉を、効果的かつ効率的に統 合していくことを可能にする研究環境が不可欠なのである。 そういった土壌 がSFCには根付いていた。 冨田教授に勧められ、SFCアントレプレナー(起 業家)アワードというビジネスコンペに出場して、特別賞を受けた。

 関山さんたちの研究開発は、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学生命科学研究 所(IAB)で、本格的に始動する。 研究開始から2年で、ついに既存技術と 比較して3~4桁程度安価にクモ糸タンパク質を生産できる発酵技術を開発し た。 これは特殊な微生物を用いることで遺伝子の安定性を飛躍的に高め、安 価で高効率な生産を可能にするための基礎技術である。

 また、バイオと情報科学の融合技術であるバイオインフォマティクス研究の 先駆け的研究所であるIABの環境を最大限に活用し、既知のクモ糸遺伝子の徹 底的な解析を行い、新しい分子の設計に必要なデータを蓄積していった。

 そしてさらなる研究開発のスピードアップと事業化を目指し、2007年9月に スパイバー株式会社が設立される。 その後、デザインされた新型のクモ糸タ ンパク質の遺伝子を自由自在に人工合成するための新技術も確立し、繊維化す るための技術にも本格的に着手した。 そして会社設立から約1年で人工的に 合成された新型のクモ糸タンパク質を用いて安定した長繊維を取得できるまで に至った。 並行して化学繊維並みの価格を実現するための実用に耐え得る超 低コスト生産技術の開発も進められた。

 そして、2013年5月24日世界初の合成クモ糸繊維「QMONOS」の量産化 に成功したと発表。 11月28日、共同で開発にあたっている小島プレス工業 と共に建設した量産工場が稼動を開始するに至った。