三遊亭兼好の「徂徠豆腐」前半 ― 2025/01/20 06:56
兼好は、鼠色の着物と羽織。 15日というと、先は成人の日、娘さんたちが綿々の白いのを首に巻いた着物姿、お腹いっぱいになったハゲタカみたいな恰好をしている。 会社でスマホを見せて、これウチの娘、成人式、着物はレンタルじゃない、と。 そういうのに、綺麗な人はいない。 未来が広がって、いいようで。
噺家は、暢気な商売で、朝、早起きはいない、遅い。 先輩は、9時、10時に起きれば早い方で、ある師匠に11時半に電話したら、そんな下らない用で朝早くから電話するな、と叱られた。 いい商売で。
早起きの代表と言えば、豆腐屋。 七兵衛、お光っあん、ここだよ、いい店だろ。 お前の店だ。 親方! 独り立ちさせる、ようやくいい店が見つかったんだ、居抜きで。 暮の内に支度をして、来年から商いをやれ。 お前たちなら、間違いがない、暖簾分けだ。
元日から三日まで我慢をして、四日、トーーフィーー! と出掛けた。 小声で、トーフ屋さん、窓から手を振っている。 誰かに呼ばれているような気がする。 窓から体を半分出し、二丁頂きたい。 ヤッコでよろしうございますか。 何か皿のようなものを、お武家さま。 武士は、いきなり二丁の豆腐を、チュウチュウ、ツルツルと吸い込み、体が冷えたのか、ハーフハフハフと震える。 本物の味だ、幼き時よりの好物、値が安く、食べやすくて、滋養になり、骨もない。 上総屋七兵衛と申します。 その名前、憶えておきましょう、まだ何か? お代を。 一丁四文で、八文。 こまかい持ち合わせがない。 では又、毎日参りますので。
小声で、トーフ屋さん。 昨日より、弱ってるようだ。 豆腐を二丁。 チュウチュウ、ツルツル、ハーフハフハフ、よい味であった。 昨日のとで、十六文。 こまかい持ち合わせがない。 では又、毎日参りますので。
(トーフ屋さん)、とうとう声が出ないで、手を振っている。 ヤッコを二丁。 チュウチュウ、ドドドッ! 二十四文です、たくさん釣りが出来ました。 すまん、わしは一文無しだ、払うお足がない。 小商人(こあきんど)を、からかってもらっちゃあ困るよ。 からかってない、恥を申すが、去年の暮から一文無しだ。 おせち、年越しそばもなしに四日目、その方の声を聞いた。 言い訳ばかりだ、それがしも武士の端くれ、この形で腹を切ることにする。 待って下さいと、七兵衛が家の中を見ると、生きていく道具はない、本ばかり。 学者先生、物識り屋、頭がいいんでしょ、それを使って稼げるんでしょ、商いをなさい。 学問をすれば、わしの後ろにいる何千人、何万人が助かる。 学問を捨てることはできない、世に出るまでは。 わかりました、恵むんじゃない、お前さんの後ろにいる何千人、何万人の人を助けるんだ。 遠慮しないで、豆腐二丁と、それに、おからを。 あの兎の餌。 したじをかけて、朝昼晩と食いなさい。 久しぶりに、温かい食べ物を食べたが、よいものだ、と涙でぐちゃぐちゃ。
トーーフィーー! 出掛けるよ。 ちょいと、お待ち、どこへ行くんだ、浮気してるんだろ、どこかにいい女がいて、弁当箱持ってくんだろ、間男、「おからでお大事に」って。 ヤッコ先生だよ、これこれこういう訳だ。 面白いじゃない、お結びかなんか作ろうか。 トーーフィーー! おから屋さん! 少し元気になりましたね、うちのカカアが、お結びはどうかって。 白いマンマのお結びか、パクッ、アグッ、アグッ! 一つくらいで、泣かないで。 まともに食ってないから。
豆腐屋の七兵衛、ある日悪性の風邪に罹り、寝込んで一週間経った。 ヤッコ先生が気になる。 向うから来ればいいんだが、水臭え。 いつもより早目に、トーーフィーー! とんとん、先生、ヤッコ先生いないよ。 お隣に聞いてみよう。 こないだ、お侍が沢山来て、大八車に本を積んで持ってった、あの人も連れて行かれて、いないよ。 毎日、運んでいたのに、戻る気配がない。 貸家札が出て、五月、若い夫婦が越して来た。
秋風が、十一月には冷たい風になる。 変な臭いがして、どこから火が出たのか、燃えて来て、危ないことになった。 火は豆腐屋を包み込み、店が焼け潰れた。 翌朝、何も無くなった、せっかく親方にしてもらったのに。 悪いことは、何もしていないのに。 どうする、首をくくるしかない。 親方が見舞に来た。 親方、こんなことになっちゃって。 しかたがない、生きていりゃあ、いろんな坂の上り下り、ま坂ということがある、また二人でウチで居候すればいい。
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