俳号徳三郎、矢野誠一さんの俳句 ― 2025/08/08 07:02
さっそく、手元にあった「東京やなぎ句会」編の『友あり駄句あり三十年』(日本経済新聞社・1999年)を見ると、「俳句と私」に、1969(昭和44)年「東京やなぎ句会」発足時に「よわい満三十三の砌(みぎり)はずいぶんと薄汚い」処女作をつくった、とある。 歳時記なしに句会に出るのは、聖書を持たずに教会へ行くようなものだと言われて、茅ケ崎の団地の本屋にはなくて、新宿の紀伊国屋書店まで行って買った。 まがりなりにも三十年たって、俳句は、うまくなろうという邪心(だろう、やはり。そう思うだけで気が楽になる)を捨ててしまえば、これくらい面白くて楽しいものなんて、世のなかにそうはあるものじゃないことに思いいたった。
俳号徳三郎、矢野誠一さんの「自選三十句」から、らしい句、気に入った句を引いておく。
長閑さや叡智を越ゆる海の色
犬眠り猫あくびして蝶舞ひぬ
葱坊主三十八まで数へた子
信長忌あたりかまはず怒鳴りけり
夏の蝶夏の年増にとまりけり
香水を選ぶ紫髪の老女優
ふとどきな願いやひとつ夜這星
地下鉄に下駄の音して志ん生忌
酔ひさめてひとりバス待つ夜寒かな
胡桃ありて夜ふけの熱き紅茶かな
縄跳びの仲たがひして終りけり
機嫌よきひとそろひける冬の夜
愚痴多く夢は少なく日記果つ
<八月や六日九日十五日>という俳句 ― 2025/08/07 07:06
8月2日の朝日新聞「天声人語」は、沖縄戦の組織的戦闘が終わった6月23日の後も、沖縄本島の西の伊江島で、2人の兵士が終戦を知らぬままガジュマルの木の上に身を潜めていた話から書き出している。 2人の体験をもとにした映画『木の上の軍隊』が公開中で、米軍が作った飛行場を見つめて、新兵は上官に「たぶん島はもとに戻らないと思うんです」と涙を流す。 伊江島の35%はいまも米軍基地が占めている。 現在は過去の光に照らされて始めて十分理解できるようになる、とは歴史家E・H・カーの言葉である。 あの戦争がもたらしたものは何だったのか。 そして最後に、「天声人語」子は、「<八月や六日九日十五日>。広島・長崎の原爆忌、そして終戦の日。ひときわ強く鎮魂と不戦を誓う、戦後80年の8月がめぐって来た。」と結ぶ。
この句、<八月や六日九日十五日>に、作者の名はない。 今、インターネットを<八月や六日九日十五日>で検索すると、16番目に2018年4月8日の「轟亭の小人閑居日記」の「<八月や六日九日十五日>という俳句」が出てくる。 それを、再録させてもらう。
<八月や六日九日十五日>という俳句<小人閑居日記 2018.4.8.>
2月25日の「等々力短信」第1104号<時ものを解決するや春を待つ 虚子>に本井英主宰の「旧正月のこと」が掲載されたと書いた朝日新聞朝刊「俳壇歌壇」のコラム「うたをよむ」だが、3月26日は小林良作さん(俳人協会会員)の「「八月や」が伝えるもの」だった。 小林良作さんは、<八月の六日九日十五日>と、先の大戦によるご自分の家の辛苦を詠んだ句を所属結社に投句し、類似句があると指摘されたことから、初作者と作句の背景を追い、一昨年(2016年)『八月や六日九日十五日』という本にまとめた。 この句は、無名の多くの人々に詠まれてきたという。 上五には「八月に」「八月は」などもあるが、大半は「八月や」だそうだ。
実は、私も<八月や六日九日十五日>という句を詠んでいた。 『夏潮』2013(平成25)年8月号の課題句の兼題が「八月」で、八月といえば敗戦の八月十五日だと思い、あれこれ考えている内に、六日九日の広島長崎の原爆記念日を思い出したのだった。 自分では、うまくまとまったと思って投句し、掲載されていた。 先行句のあることは、まったく知らなかった。
私は、小林良作さんのご本『八月や六日九日十五日』(「鴻」発行所出版局・平成28年7月)のことを、『夏潮』のお仲間、前北かおるさんのブログ「俳諧師」2016年8月15日の「小林良作『八月や六日九日十五日』」で知った。 小林良作さんは、上記の句を「鴻」の全国大会に投句し、事務局から先行句の存在を指摘されたことをきっかけに、先行句と作者を探し、その調査レポートをこの本にまとめた。 この句の句碑が大分県宇佐市にあることから、広島県尾道市の医師だった故諌見(いさみ)勝則氏が1992年に詠んだのが最初らしいと突き止めて、現地に行ったりしているという。 前北かおるさんは、この句をどこかで読んだことがあったような気がすると書いていたので、私は『夏潮』の課題句に投句して掲載されたので、その句かもしれないと、コメントしたのであった。
そこで、小林良作さんのコラム「うたをよむ」だが、本の出版後も新たな情報が寄せられ、今は故小森白芒子(はくぼうし)氏の(1976年作句)までたどることができたという。 小森氏は終戦時、対中国放送に従事しており、上記の諌見氏は海軍兵学校にいて広島上空の原爆雲を目の当たりにし、後年、医師として長崎と広島の被爆者に関わった。 小林さんは調べるほどに、初作者を追うことを超えた大事なことに気付かされる。 単純に月日を並べたかに見える、この句から、歴史的事実の重大さと、それぞれの作者が遭遇した深く重い人生を読み取れるのだ。 改めて俳句の持つ力を思い知った、という。
<八月や六日九日十五日 詠み人多数>
小林さんは、結論に書く。 「この句は日本の過ちを記憶し、非戦平和を希求する人々の心に刻まれ、伝えられてきた。その過程に教育者がおり、心ある市民がいた。今後も歴史を証言する「日本人の口の端に上る句」として、次の世代に伝えられることを願ってやまない。」
「八月や」の句を評価する俳人も少なくない一方、月並(つきなみ)俳句の代表例に挙げる俳人もいるそうだ。 私の句などは、月並俳句、プレバトの夏井いつきさんなら「凡人」に査定されるかもしれないけれど、せめて「心ある市民」の末席にでも加えてもらえたら有難い、と思った。
「駒草」と「夏の海」の句会 ― 2025/07/16 07:10
駒草や中年登山老いやすく
駒草やたちまちガスに包まれて
駒草や整備のお蔭登山道
駒草やコーヒー淹れて小休止
夏の海ビキニも特攻訓練も
大島を幽かに望む夏の海
悠然とタンカー行き交ふ夏の海
私が選句したのは、つぎの七句。
遮るものなくて駒草揺れ止まず 孝子
駒草のへばりつきたるがれ場かな さえ
駒草までもう一ト息と殿に 礼子
あさまだき漁船待つ猫夏の海 耕一
夏の海沸き立つ雲の限り無く なな
夏の海教師またする点呼かな 照男
夏の濱ラムネの栓のぬける音 盛夫
私の結果。 <駒草やたちまちガスに包まれて>を英主宰、礼子さん、ななさん、照男さんが、<駒草やコーヒー淹れて小休止>を英主宰が、<悠然とタンカー行き交ふ夏の海>を美佐子さんが採ってくれて、主宰選2句、互選4票の、計6票。 ちょぼちょぼだったが、英主宰に2句も選んでもらって、救われた。
主宰選評。 総評、今日の句会と季題は、そうだそうだ、そういうこともある。 つらい道を歩いて山の上に着いて、はたまた夏の海で、と感じさせるものがあった。 私の句については、<駒草やたちまちガスに包まれて>…素直な句。見るものを、見ている。稜線が見えていたのに、急に見えなくなった。山登りによくあることが、見えてくる。 <駒草やコーヒー淹れて小休止>…おしゃれな人なんだろう。山の上でコッヘルなんかで、ちゃんとしたコーヒーを淹れる趣味の方がいる。それで一休みする、それがいいんだ。うまい句。
「夏服」と「草茂る」の句会 ― 2025/06/22 07:22
いささか時間が経ったが、6月12日は『夏潮』渋谷句会だった。 兼題は「夏服」と「草茂る」、私はつぎの七句を出した。
夏服の街頭写真父若し
夏服や君等の臍に脅かされ
羅(うすもの)の人間国宝トリを取り
羅の噺家「あくび指南」かけ
付き人の極彩色の浴衣かな
三軒の建つとふ更地草茂る
荒屋(あばらや)に覆ひ被さり草茂る
私が選句したのは、つぎの七句。
介護士の夏服の腕頼もしや なな
麻服に籐のステッキパナマ帽 和子
白シャツの父に抱かれて登園す 作子
夏服に老いをあらはにさらしたる さえ
味噌醬油運びし湊草茂る 作子
草茂るしやらしやらと鳴る草もあり 美佐子
石炭の栄華は昔草茂る 耕一
私の結果。 <夏服の街頭写真父若し>を英主宰、和子さん、美佐子さん、<夏服や君等の臍に脅かされ>を耕一さん、照男さん、千草さん、幸枝さん、ななさん、<羅(うすもの)の人間国宝トリを取り>を英主宰、美佐子さん、<三軒の建つとふ更地草茂る>を淳子さん、ななさん、<荒屋(あばらや)に覆ひ被さり草茂る>を庸夫さんが、採ってくれた。 主宰選2句、互選11票、計13票、近来稀な成績だった。
主宰選評。 <夏服の街頭写真父若し>…「街頭写真」、世代によって、記憶に残っている人もいるだろう。歩いていると、「写真を撮らせてください」と寄って来る街頭写真屋、太っ腹な父親が、写真を撮らせたのだろう。家族の姿が見える。 <羅(うすもの)の人間国宝トリを取り>…羅姿の男の芸人。背筋のピンと伸びた様子が、まことに良いものだ。
田中金太郎さんの句集『風速計』 ― 2025/05/30 07:01
15センチ正方形の判型も手頃で、キム・チャンヒさんの装丁・イラストも素敵、発行所は松山市のマルコム.コムとある。 お好みか、句によってだが、古い字体の漢字を使っている。 350句を、ともかく拝読。 いいなと思った句、感じるところのあった句を、挙げさせていただく。
風にのり三社(示偏)祭の笛の音
ゆたかなる胸はそのまま宿浴衣
視(示偏)線を感じると思つたらかまきり
八手の花球體の宇宙ステーション
母の日や母老いし少年の老いし
靑大將またぐ勇氣のなかりけり
水鐵砲厭きればただの竹の筒
おほくしやみする瞬間のエクスタシ
父の自死しらせる使ひ冬の月
弟の萬年筆の春便り
黄金週間家がいちばんいい
蝦蟇(がま)ぢつと犬ににほひを嗅がれをり
過ぎし日やサンジェルマンに枯葉まふ
草取りやふとき蚯蚓(みみず)にみがまへる
こほろぎにスリツパかたほう貸してやる
妻逝きてとりのこされし卯月かな
金太郎飴も売られて菊まつり
巴里に在る娘の箸紙を書きにけり
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