白洲正子さんと月 ― 2006/02/20 07:08
『白洲正子“ほんもの”の生活』(新潮社とんぼの本)に、青柳恵介さんがこ んなことを書いていた。 雪月花の何に執着するかといえば、白洲正子さんは 「月の人」だった、と。 生活の上では太陽暦にしたがっていたけれど、その 体内には太陰暦が流れているのではないかと思えるほどに、月にうるさかった。 「月は出た? ちょっと見てよ」とか「今日は十三夜よ」とか、あまり風流と は縁のなさそうな人間にまで月の話題をもちかけた。 そして、白洲さんが庭 先に咲いた夕顔を眺め、薄暮の空の月をじっと見上げる時、一体月に何を見て いるのだろうかと思うことがしばしばあった。
大勢の酒盛りがたけなわとなった頃、それまで上機嫌で喋っていた白洲さん が、ふと口を噤み、やや俯き加減で沈黙することがあった。 まるで心の中の 山の端に浮かんだ月をみつめているようなその様子と、沈黙の時間を、青柳さ んは、白洲さんの死者との対話の時間だと思うようになっていた。 亡くなっ た時88歳だった白洲さんが、ごく僅かな例外を除いて、親しくつき合った大 半の人々をあの世に見送った人だったからだ。 1998年の12月26日に、白 洲さんが他界して以来、青柳恵介さんには夜空の月が、それまで経験しなかっ たことなのだが、美しいものとして見えるようになった、という。
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