市馬の「ふだんの袴」2010/04/05 06:55

 市馬は、寄席というものが出来て二百十年、と始めた。 新宿の末広亭、浅 草の演芸ホール、池袋にある噺家連中が「寄席の歌舞伎座」と呼ぶ大事な、大 事な寄席、百席足らずだけれど、お客さんはあそこを目がけて行かなきゃあ行 けない、目がけて行っても行けない寄席。 上野には鈴本、鈴本の前の今の中 央通りを、昔は将軍様が寛永寺に御参詣になるから御成街道と言った。 将軍 様や諸大名がお通りになるから、下世話な店はない。 刀剣師、研師、弓師、 鎧師、間にはさまって道具屋。 道具屋といっても、噺に出てくるような道具 屋ではなく、もっと見識のある道具屋。 テレビの何とか鑑定団に、どの人と はいいませんが、金縁の眼鏡をかけて、鼻の下に髭のある、色変わりの羽織を 着た、どっから見ても、いかがわしい、うさんくせえような人が……。(私は「週 刊ブックレビユー」で見て知っているが、あのオジサン、なかなか見識のある 読書人だ)

 「亭主(ていし)」「御前様」 谷中まで墓参の戻りという上品なお侍、道具 屋に寄って足休め、銀無垢の煙管で煙草を吸う。 いい煙草の葉は、かざした だけで、火が来る。 ぶっそうな煙草だ。 掛軸の鶴を見事だと褒める。 落 款はないが、文晁だろう。 と、煙管の火玉が、袴の裾へ落ちた。 心配する 亭主に、「案じてくれるな、いささかふだんの袴でござる」

 その侍のかっこいいのを見ていた、うすぼんやりした奴、真似してえと、家 主に袴を借りに行く。 窮屈袋を貸せというガラッ八に、袴を使う用、祝儀不 祝儀があるのか、と家主。 祝儀不祝儀がある、うなぎ屋の二階に喧嘩の仲人 に行く、貸してやんな、折れっ釘に下がっているヤツ。 印半纏に袴を穿いて、 道具屋へ。 一点の光もない真鍮の無垢の煙管、あいにく煙草を切らしていて、 タモトクソや焼き芋の皮を詰めて、一服。 掛軸を褒め、落款はないが文晁と 聞き、うふぉうふぉ文鳥じゃなくて鶴だろう、と。 亭主も、おっしゃる通り の鶴。 と、火玉が頭のテッペンに。 親方、火玉がおつむりに落ちましたよ。  「心配ない。ふだんの頭だ。」

 パチパチパチ、ぶらぶらの棒で、ブラボー。 市馬、上々の出来だった。